暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~

「こちらこそお願いします」
 恭しく頭を下げる。
「ミドリさん、遅れてごめん。ちょっとアイシャドウの色見が気に入らなくて直してた」
 ドアが開き、長い髪の毛を毛先でカールさせている女性が部屋に入ってきた。目がぱっちりしているし、目鼻立ちが整っている。田崎が売れていると言うのも納得できる。彼女がリカ。山本沙雪だとすぐにわかった。なにしろやはり双子の姉妹だ。誰が見ても深雪の姉妹だとわかる顔立ちをしている。パーツや印象は違うのに骨格や目元が明らかに似ているのだ。
「リカさん。初めまして。シマリス出版『マリーナ』の藤堂と言います」
「初めまして。リカです。東京からわざわざ取材に来られるなんてうれしいです。よろしくお願いします」
 リカはネットドラマに準主役で出演している。売れていると言ってもメインはモデルらしく女優歴はまだ浅い。俺は彼女の出ているネットドラマを見てからここに来ていた。演技は悪くなく、なによりもぱっと一目を引く華がある。女優に向いているんじゃないか、と期待させるものがあった。
「『マリーナ』にはドラマ好きの読者が多くてネットドラマもリサーチの対象なんです。読者アンケートにもよく「これから来ると思う人」としてリカさんをあげる読者がいて今日は改めて取材させてもらいに来ました」
 もちろんこれは嘘でマリーナ編集部から取材依頼のメールを送ってもらっていたのだ。
 俺はネットドラマについての質問をいくつかし、リカも快く答えてくれていた。さてどうやって深雪の事を聞き出そうと考えているとリカが不意に言った。
「ミドリさん。のど飴買ってきて。うっかり切らしちゃった」
 仕方ないわね、とマネージャーの村岡が離席した。
 俺は質問をしようとしたがリカから藤堂さん、と改まった声を出された。
「母から話を聞いています。私の妹の深雪の事で来られたんじゃないですか」
 そうか深雪の母親から話が回っていたんだな。俺はすぐ編集者のふりをするのをやめた。
「そちらから切り出してもらってありがたいです。このような形でお呼びだてしてすみませんでした」
「いえ。深雪がどんな人とつきあってたのか見たかったのでちょうどよかったです」
「その深雪さんですが、今旅行していて連絡が取れないんです。リカさんのお母さんにも話しましたが......リカさんは深雪さんについてなにか知っていることはないですか。行きそうな場所とか」
「うーん...」
 沙雪はしばらく考えこんだ。
「深雪はこれまでひとり旅をしたことがなかったし、どこへ行きたいって夢も聞いたことがないです。それに最初に言っておきますが、私達、いわゆる仲良し姉妹じゃ全然ないんです」
 深雪もそんなことを言っていた。沙雪のことを悪く言うわけではないが、自分と全然違うタイプなので距離がある、というような。
「正直、恋バナっていうか、お互いの彼氏の話もろくにしたことがなくて。まあ深雪に男っ気がなかったのが一番の理由ですけど。私も誰とつきあってる、とか話さなかったし。そんな感じなんで私が深雪のことでお話できることって少ないです。藤堂さんの方が深雪のことを知ってるんじゃないですか」
「じゃあ......やはり深雪の行きそうなところは見当もつかないと......」
「そういう事になります。お役に立てずすみません」
 福岡まで来て空振りだったか。東京以外だったら双子の姉の沙雪を頼ると踏んだのだが読みは甘かったようだ。
「シマリス出版、って聞いてすぐ深雪のことだな、ってわかりました。母がシマリスの社長さんとつきあってたみたいよって興奮して言ってたので」
「バレる嘘はつくもんじゃないですね。失礼しました。こうでもしないとリカさんに会えなかったんです。今日はお忙しいところをすみませんでした。ネットドラマ拝見しました。がんばってください」
 わあ、光栄です、と沙雪はぱあっと顔を輝かせた。小さな顔、均整の取れたスタイル。お世辞抜きで女優としてやっていけそうな華がある。深雪もどこかで彼女のネットドラマを見ているのだろうか。
 俺は深雪に似ている沙雪に御礼を言って宮松芸能を後にした。
 宮松芸能は福岡の中心地、天神から少し離れた場所にあった。地下鉄で福岡空港に行き、そういえばここにも書店があるな、と立ち寄ってみた。
 俺はどの書店に行っても真っ先に文庫売り場に行った。深雪のPOPがあるんじゃないかと探してしまう。しかし俺の心を刺激するようなPOPは見当たらず見慣れた深雪の文字とも出会えなかった。
 ため息をつき、もう深雪に会う手だてはないかと考える。
 その後、児童書売り場に行った。これはもう職業病だ。書店に行って児童書売り場を見ずには帰れない。
 『ニコチャンマン』は相変わらず売れていてコーナーが作ってあった。ありがたい限りだ。
 俺は絵本の並ぶ書棚を眺めようとしてはっとした。
 深雪のうしろ姿に似ているワンピースを着た女性がいたのだ。
「深雪」
 とっさに声を大きくしたがその彼女は降り返ることなく店の外へ歩いて行ってしまった。
俺は後を追いかけたがその女性は忽然と消え、どこに行ったかわからなかった。

◇◇◇
 オムライスの卵が綺麗に巻けている。上々の仕上がりだ。
「うまくなったね、沙雪。最初は壊滅的に下手だったのに」
 私は、目の前に出されたオムライスを見て沙雪にそう言った。
「まあねー。ちょっとずつでも上手くならないと戦力にならないし。赤ちゃんの夜泣きってハンパないらしいじゃない。そういうときにこの沙雪様がさっと料理を作れると隙間時間に深雪が休めるじゃない」
 そう言いながら沙雪は自分の分のオムライスを作っている。今度はちょっと失敗して卵がやぶれている。
「ごめんね。沙雪だって忙しいのに」
 口にしたオムライスは沙雪にしてはなかなか美味しかった。
 一か月前。
 私は、アパートを引き払ってから沙雪の暮らすマンションへ転がりこんだ。マンションと言っても沙雪の所属する芸能事務所の社宅のようなものだ。
 最初は仮の住まいにさせてもらって福岡でアパートを探すつもりだった。そう沙雪に話すと返ってきたのは意外な台詞だった。
「ちょっと待って。福岡で暮らすのはいいとして、仕事見つけてひとりで子ども産んでひとりで子ども育てるつもりなの?」
「そうよ。そういう人、たくさんいるじゃない。私にだってできると思う」
「いや。無理よ。深雪はそんなに器用じゃない。仕事だって書店員やるつもりなんでしょ。立ち仕事して子ども育てて倒れるのがオチだね。......っていうかさあ」
 沙雪が声のトーンを変えた。
「あのお、うちの家事雑用やってくれるならずっといてもいいよ?」
「えっ」
 確かに沙雪の部屋は片付いているとは言い難かった。服はそのへんに散らかっているし、テーブルの上は化粧品がバラバラに置いてありどこで食事するのかと思う。
「実は、私、彼氏よりもお嫁さんが欲しい状況なんだ。マネージャーのミドリさんからももっと食生活をきちんとして体重も絞った方がいいって言われてるんだけどつい夜中にコンビニ弁当食べちゃったりして。部屋の片づけもちゃんとして仕事運アップさせたいんだけど、どこから手をつけていいかわかんなくてさあ」
 沙雪の仕事は多分、不規則だろうからやろうやろうと思っていても家事がなかなかできないのだろう。そう言えば実家で一緒に暮らしていた頃も部屋が雑然としていて沙雪は探し物をよくしていた。大人になっても変わらなかったようだ。
「確かに片づけがいのある部屋ね。......私が片づけちゃってもいいの?」
 例え妹だとしても自分の物を人に触られるのって嫌じゃないだろうか。
「いいよ!っていうか、お願いしますって感じです」
 改めて頭を下げられて私は頷いた。それから三日くらいかけて沙雪の部屋を片づけさせてもらった。沙雪が忙しそうだったので食事も作った。私はひとり暮らしをしていても自炊派だったので全然苦にならなかった。
 ところがこの数日間の私の家事がマネージャーのミドリさんに知られてしまった。
 社宅ですので勝手に住まわれては困ります、と言われると思い身を縮めていたのだが待っていたのはミドリさんの笑顔だった。
「深雪さん、ぜひこのままリカの部屋で家事雑用続けてくれませんか?少額ですけどバイト代も出しますんで」
 リカというのは沙雪の芸名だ。
 ミドリさんによるとここ数日で沙雪の肌のつやが全く変ったらしい。化粧のノリも違うとメイクさんも言っている。どうも生活が改善されているようだ。じゃあ沙雪が生まれ変わったのかと思ったら、陰に私のサポートがあった、という訳だった。
 ミドリさんと沙雪からぜひこのまま一緒に暮らしてほしい、と言われる流れとなった。私としてはちゃんと仕事を探してと決めていたので断ろうと思ったのだが、つわりが始り職探しが難しくなった。
 沙雪の家事と食事の支度くらいなら気分のいい時にやればできる。
 結果的に沙雪の部屋に住まわせてもらうことになった。
 そして今、生活が改善されて睡眠の質もよくなり、効率よく働けるようになった沙雪に料理を教えている。
 もちろん沙雪が最低限の家事や料理を覚えた方がいいからだが、それよりも沙雪はこの部屋で赤ちゃんと暮らすとなったら、という場合をよく考えるらしいのだ。
 私が沙雪の家事雑用と赤ちゃんの世話でいっぱいいっぱいにならないようにといろいろ先回りしてやろうとしてくれている。
「意外だったな。沙雪が生まれてくる赤ちゃんのことそんなに考えてくれるなんて思ってなかった」
「私さ、自分が子ども産むつもりは全然ないんだけど、母親って仕事にリスペクトあるんだよね」