暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~

 ゆっくり落ち着いて喋ろうとしたが無理だった。問い詰めるような早口になってしまう。
 真奈美さんはあきらかに戸惑っている表情を見せた。
「ちょっと......待っていていただけますか」
 俺は力強く頷いた。
 彼女はスタッフルームと表示の出たドアの奥へと入って行った。
 すぐに俺のところに戻ってきて、俺に封筒を渡した。
「これ。深雪から藤堂さんに渡すように言われてたんです」
 俺はカートを放り出して手紙の封を切り、中身を読んだ。
【 藤堂彰良様
   こんな形でお別れすることになって本当にすみません。
   私は旅に出ることにしました。
   理由は聞かないでください。
   当分、住所不定となりますので探さないでください。
   これまでありがとうございました。
                山本深雪 】
「た」
 あまりの突然のことすぎて俺は言葉に詰まった。
「た、旅って......」
 真奈美さんは目を伏せている。
 思わず肩をつかみ顔をあげさせる。
「き、君は仲がよかったんだろう。なにがあったんだ。旅ってどういうことなんだ」
「私にもわからないんです。私が一週間前に会ったときにはもう退社も決まっていて急でごめんね、今までありがとうって。そしてこの手紙を託されたんです」
「そんな......」
「深雪、この仕事が好きだったから一週間でなんとか私に仕事の引継ぎをして。何度もごめんねって言ってました。私もどうしても辞めなきゃいけないのってきいたんですけど理由は教えてもらえませんでした。一昨日が最終日で。でも連絡はできるからいつか話してくれるかなって油断してたんです。そしたら今日、ラインがブロックされてて電話も通じなくなっていて......」
 俺はまだ理解がついてこずに困惑していた。深雪は事故にあったり輩に連れ去られた訳でもなかった。でも今はそれを喜ぶ余裕はなかった。
「真奈美さん、深雪の実家を知ってる?ご両親はなんて言ってるんだろう」
 彼女は首を振った。
「確か実家はH市だったと思うんですけど。あまり詳しく知らなくて......すみません」
 俺はできるだけ冷静に考えようと自分を叱咤した。
 落ち着こう。俺にできることがあるはず。
 俺は真奈美さんに自分の名刺を渡した。
「深雪からメールがあったりどこにいるか分かったら連絡してほしい」
 祈るような気持ちで真奈美さんを見つめた。
 彼女は俺の気持ちを察してなのか、しっかりとうなずいてくれた。
吉永書店を後にして、深雪のアパートに行ったが、もう空き部屋になっていた。同じ棟の一階奥が大家さんの自宅だったはず。俺は初老の女性である大家さんに深雪の行き先を尋ねたが、やはりわからない、と言われてしまった。
 だが引っ越し屋の名前ならわかるという事だったので教えてもらう。そこからシマリス本社へ行き、社長室で引っ越し業者に電話する。お客様の個人情報なので、と言われたが懇願して深雪の荷物をどこへ運んだか教えてもらった。
 するとそれは隣りの区のトランクルームだった。
 トランクルーム...まさか、本当に旅に出たのか?
 ふたりでどこか旅行に行きたいとは話していたが、ひとり旅したいなんて聞いたことがなかった。なにか腑に落ちない。唐突すぎて不自然だ。
 その後は社でたまった仕事を片づけた。
 それから人を使って深雪のご両親の住所を手に入れた。仕事の隙間時間に車で向かった。
 真奈美が言っていたように深雪のご実家はH市にあった。到着したのは午後十四時頃だった。
 インターホンを押し、玄関先に出てきてくれたのは深雪の母らしい中年女性だった。やはり親子だ。よく似ている。
「突然訪問して申し訳ありません。私、シマリス出版の代表取締役 藤堂彰良と申します。
深雪さんとは結婚を約束した仲です。ところが急に彼女と連絡が取れなくなりました。アパートも引き払い、家財道具はトランクルームにあります。受け取った手紙には『旅に出ます』とあったんですが......どこへ行ったかお心当たりはありませんか?」
 深雪の母は俺の手渡した名刺をじっと見つめた。
「シマリス出版......あの絵本の?」
「はい。私は深雪さんが勤める書店の常連でお付き合いさせてもらうようになったんです」
「そうでしたか......あの子は本好きだからそういうことがあるかもしれませんね」
 なんとか俺と深雪の仲は信じてもらえたようだ。
「ただ私も行先を知らないんです。深雪から電話をよくもらうんですけど、必ず公衆電話からなんです」
「公衆電話......」
「それも今日は名古屋とか今日は高知だとかいろんな町にいるようです。声が元気そうなんでそれほど心配はしなかったんですが、なんでまたそんな旅行をしてるんだ、ってさすがに聞いたんです。そしたら本当に衝動的に旅したくなったから、って。深雪は双子の姉と違って内向的で地道にコツコツ何かをやるタイプなんです。書店の仕事も熱心にやっていたので安心してたんですが......急にこんなことになって驚いていたところだったんです」
「じゃあ深雪さんと連絡したいときはどうやって?」
「以前使っていたスマホにかけてもつながらないんです。でも月に2、3回はそんなふうに電話してくれるんでまあ、仕方なく様子を見ようかと思っていたところです」
「そうだったんですか......」
 俺は少なからず落胆した。さすがに深雪も両親には行先くらい伝えていると踏んだのだが公衆電話を使うなんて......俺が来た時のことを考えての所業だろうか?
 気持ちが悪い方へ引っ張られる。
 俺は愛想をつかされたのか。
 信じたくない気持ちがぐっとわいてきて心を落ち着かせる。そこでふと気づいた。
「あの、深雪さんには双子でモデルのお姉さんがいましたよね。彼女はなにか知っているのではないでしょうか。今、どちらに?」
「沙雪ですか......福岡にいますけどさすがに彼女の住所や連絡先は教えられません。以前ストーカーにあったこともあって、その辺は用心しているんです。藤堂さんを疑うわけではないですが......分ってくださいとしか言えません」
 もっともな話だった。いくら大手出版社の社長だろうとなんでも教えてもらえるわけじゃない。
 俺はわかりました、と辞去することにした。もちろん深雪から連絡があったら俺のことも伝えてもらう約束もした。
 去り際に藤堂さん、と呼び止められた。
「あの子、ちゃんと帰ってくると思います。藤堂さんが探していたことは必ず伝えますから」
 玄関先で深くお辞儀された。ちゃんと帰ってくる。そうあってほしい。
 とにかく深雪が元気そうなのはわかった。
 後はどこにいるかだ。深雪が本当に旅をしているのか怪しいと思った。福岡にいる姉に当たってみたい。
 俺はシマリスに帰ると、雑誌編集部に顔を出した。デスクの田崎を社長室に呼び出す。
 田崎は社長から呼び出されるなんて何事だろう、という顔をしていた。俺は早速、話の核心をついた。
「君は以前、グラビア雑誌の編集を他社でやっていて、うちに来たんだったな。どうだろう、モデルには詳しいか?」
「まあ、ざっくりですけどね。他の連中よりは知ってると思います」
「人を探してほしい。この女性の双子の姉が福岡でモデルをやってる。なんとか会いたいんだ」
 俺は深雪の写真を田崎に渡した。
「双子ってことはこの写真の彼女とそっくりなんですか?」
「いやそっくりってほどじゃないらしいが、並ぶとやはり姉妹とわかる、とは言っていた」
「わかりました。福岡のモデル事務所にはツテがあります。探してみますがそうすぐには見つからないかと」
「わかってる。でも至急知りたいんだ。なんとか頼む」
 田崎は承知して社長室を出て行った。
 他に俺にできることはないだろうか、と考えをめぐらせる。焦って闇雲に動いてもダメだ。冷静にならないと。
 俺は明日から出張だ。『ニコチャンマン』のイベントであちこちに行くことになっている。町で書店を見かけたら必ず行って深雪を探そう。深雪はきっと本の側にいるはずだ。
 
 二週間後。
 田崎が社長室にやって来た。
「社長、例の福岡のモデルについて、わかりました。結構売れていて向こうの芸能事務所の連中はよく知ってました。芸名がリカ。本名は山本沙雪です。宮松芸能という事務所に所属しています。双子の妹がいる、というのも確認が取れています」
 山本沙雪。確かに深雪の姉に違いない。
 俺は時間を作ると福岡へ飛んだ。宮松芸能の事務所へ行き、沙雪の妹の婚約者だ、と言って沙雪に会わせてもらうよう頼み込んだ。
 ところが親族や親戚と偽って近付いてくるファンはたくさんいるとかで、あっさり門前払いを食らった。
 畜生。しょうがない。職権乱用だがシマリスの名前を使おう。俺はシマリスが作っている主婦向け雑誌「マリーナ」の編集部に連絡した。「マリーナ」は絵本を子どもと母親が一緒に読むのを前提とした雑誌だ。家事や節約の記事と一緒におすすめの絵本や子供との付き合い方などを発信している。
 二日後。俺のスマホに宮松芸能からメールが来た。沙雪、いやリカへの取材依頼を受けるという。俺は翌日の午後十六時にリカに会えることになった。
 宮松芸能の玄関でシマリスの社員証を見せ、俺は簡素な椅子とテーブルの並んだ会議室のような部屋に案内された。やがてひとりの女性が目の前に現れた。長い髪の毛に眼鏡をかけたスーツ姿の女性だ。
「シマリスの藤堂さんですね。リカのマネージャーをやっています。村岡です。すぐリカ来ますので本日はよろしくお願いします」