こっちを向いて、ヴェルランド。

ゴン!、ゴン!ー。

誰かが広間の扉を叩く音で目を覚ましたリーリエは慌てて身なりを整えると小走りに屋敷の扉へと向かった。


ゴン!、ゴン!ー。

「お待ちください!今開けます!」

屋敷の錠前に苦戦しながら、リーリエは急いで扉を開ける。

「す、すみません…。何かご用でしょうか?」

リーリエは息を切らしながら、客人であろう男に頭を下げると男は驚いた表情で瞬きをする。

「…」

「…?、あの、、、」

リーリエの言葉に男はハッと我に帰ると人の良さそうな笑みを浮かべて頭を掻く。年齢は五十代くらいだろうか?商人のような出立ちから見て彼が配送サービスの人間であることを瞬時に悟る。

「あー、すまない…。まさか人が出てくるとは思わなかったから」

男は申し訳なさそうに、口を開くとリーリエに右手を差し出す。

「王国シリウスで商人をやっている、リヒトだ。何か必要な物があれば遠慮なく言ってくれ」

リヒトと名乗った男にリーリエの瞳が揺れる。王国シリウスといえば世界の実権を握るいわば有権者が多く住む広大な国で、各地に存在する小国に戦争を仕掛けては支配下に置いている。おかげで今ではほとんどの国がこの王国シリウスに実権を握られてしまい、国として独立しているのはごく少数である。

どことなく強張った表情のリーリエにリヒトは優しく微笑みかける。

「あー…、いい気がしないのは認める。なってったってあのシリウスで商売してるわけだからな。でも安心しな、俺はちゃんと金を払う奴には誠実な商売を心がけている。さ、何か欲しいものはあるか?おすすめは今朝入った新鮮な魚だ」

リヒトはそういうと屋敷の前に置かれた、自動式荷車から何匹かの魚を取り出す。

「自動式荷車なんて、さすが王国シリウスの商人ですね…」

リーリエは少し嫌味を込めて、男の荷車を見つめる。今の時代、最新の技術力に触れることができるのは権力のある国だけである。お陰で支配下にない小国は相変わらず馬や牛を利用せざるを得ないのは公然の事実である。

「んなこと言うなよお嬢さん。俺は喧嘩しに来たんじゃない。商売をしに来たんだ。さ、何が欲しい?」

リヒトは困ったように眉根を下げると、リーリエを自動式荷車の前へと手招きする。

「では、新鮮な卵とパン。後ベーコンを下さる?」

「はいよ」

リーリエの注文にようやくリヒトは笑顔を取り戻すと、手早く荷車から食材を選別していく。

「ざっと800ゲルトだが、今日は特別に700ゲルトに負けてやる」

「…」

リヒトの言葉にリーリエは固まる。

「あ?今度はどうした?」

また、険しい表情を見せるリーリエの姿にリヒトは首を傾げる。

「…いえ、また騙されてしまってはここの家主に食材を捨てられてしまうと思っただけです」

リーリエはそういうと、財布の中を弄る。

「家主って…、まさかあんたヴェルランドと話したのか?」

どこか驚いた様子のリヒトにリーリエは頷く。

「おお、そうか!そうか!ようやく奴も立ち直ったんだな!」

訳のわからぬリヒトの独り言にリーリエは小首を傾げる。立ち直ったとはどう言うことか。

「あの…、まさかお知り合いですの?」

「あ?おお。まぁそうだな。昔の知り合いよ」

リヒトは嬉しそうにリーリエの肩を叩くと「奴が立ち直ったんなら、お題はタダにしてやる!」と言って嬉しそうに踵を返す。

「お、お待ちください!それは困ります!」

リーリエはそんなリヒトを慌てて引き止めるが、リヒトは自動式荷車の運転席へと腰掛ける。

「なあに、気にすんなって!んじゃ!ヴェルランドに宜しくな!」

リヒトはそう言うと、風のように屋敷から去っていった。