こっちを向いて、ヴェルランド。


夜の静かな森に誘われて、リーリエはうつらうつらと船を漕ぐ。

(寝ては駄目、寝ては駄目よ。リーリエ)

心の中で自分を鼓舞しながらも、リーリエは瞳を閉じる。こんな所で寝て仕舞えば獣の餌食になる事間違い無い。

リーリエは今にも飛びそうな意識を何とか気合いで引き止める。

(そう。その調子。朝まで、もう少し…。)

しかし、半分睡眠状態に入ってしまった体はどうする事も出来ない。

(…駄目、駄目よ)

遂に重力に負けそうになったリーリエは諦めたように体から力を抜く。この際もう仕方がない。眠れるのなら、このまま死んでも悔いなしという愚かな考えが頭を過ったその時だった。

「リーリエ!」

突然の大声にリーリエは一気に覚醒する。驚いて開いた視線の先には黒いマントが見え隠れする。

「リーリエ!しっかりしろ!」

「ヴェルランド…」

「大丈夫か?、怪我はないか?」

瞳に映ったヴェルランドの姿にリーリエは思わず表情を歪ませる。

「大丈夫か、おい…」

「ッ…、ヒック…」

「…?」

「ヴェルランドぉおおお!!!!」

突然大粒の涙を流して泣き始めたリーリエにヴェルランドは素直に驚く。

「ど、どこか痛むのか?」

リーリエは泣きじゃくりながら首を横に振る。

「で、では、腹が減ったのか?」

それも違うと首を振る。

「わかった、風呂に入りたいんだな?」

困ったと、珍しくオロオロと尋ねるヴェルランドの姿にリーリエは涙を拭く。

「全部、違います…ただ…」

「ただ…、何だ?」

「ただ、探しに来てくださった事が嬉しかったのです…」

「…」

予想外の言葉にヴェルランドは目を見開く。

「だから、顔を見た瞬間何だか思いが溢れてしまいました。驚かせてしまってごめんなさい」

リーリエはそう言ってニコリと優しく微笑んだ。

「…リーリエ」

「はい?」

リーリエの名を呼んだヴェルランドは何を思ったのか、彼女の身体を優しく抱きしめる。

「ヴェ!、ヴェルランド?」

突然のことにリーリエは混乱する。

「ど、どうしたのですか?」

「…大事が無くて良かった、本当に」

力強くリーリエを抱きしめるヴェルランドにリーリエは優しく背中に手を添える。

「こんな場所まで来てしまってごめんなさい…。本当にごめんなさい。」

「気にするな。お前に指示した私の責任だ…」

ヴェルランドはそういうと、リーリエから身体を離した。

「それにしても、よく発狂しなかったな。お前には幻覚が効かないのか?」

身体が離れてしまった事を少し名残惜しく思うも、リーリエは直ぐに気を取り直してその場に立ち上がる。

「えぇ。だって私魔法が使えますから。あんな幼稚な幻大した事はありません」

まぁ、少し動揺しているがー。

「ほう。それは流石だな。で、どんな幻を見たんだ?」

「え!?、聞くのですか?」

「一応な、情報共有だ」

ヴェルランドはそういうと腕を組んでリーリエの返答を待つ。

「…シリウスに攻め入れられたカノープスが見えました」

もちろん嘘である。しかし、この場で本当の事は言えない。

「やはりか…私の幻にはリリィが出てきた」

「リリィ王女…」

「どうした?」

「いえ、それで、貴方は大丈夫だったのですか?」

リーリエは気持ちを悟られぬよう優しく尋ねる。

「あぁ、お前のこれで助かった」

ヴェルランドは懐から簪を取り出すとそれをリーリエの手のひらへと乗せた。

「これ…、落としていたのね」

リーリエは簪を受け取ると、懐かしそうに簪を見つめる。

「随分と古い物だな、誰かからの贈り物か?」

ヴェルランドは少し気になって簪を見つめるリーリエに尋ねる。

「えぇ。遠い昔、私が産まれた記念にお祖父様が祈りを込めて作って下さった簪です。この簪には魔除けの力があります」

「なるほど。私があの幻に呑まれなかったのもそのお陰ということか」

ヴェルランドは少し納得した様に右手を見つめる。確かにあの時、何者かが自分の意識を元に戻してくれた。

「そうだったのですね。きっとお祖父様の祈りのお陰です。兎にも角にも無事で良かった」

リーリエはそう言うと簪をを大切そうにポケットへとしまった。

「それはこちらのセリフだ。さて、そろそろグーグースの元まで戻るぞ」

「戻るぞ…って、戻れるのでしょうか?」

ただでさえ、二人とも幻に呑まれそうになっていたばかりだ。それに夜はまだ明けていない。

「心配するな。こういう時は文明の力を使う」

ヴェルランドはそう言うと、おもむろにスマホを取り出した。

「まぁ、そんな最新の機器をお持ちだったの?」

リーリエは何だか意外そうに目をぱちくりさせる。

「当然だ。私を唯の引きこもり老人だとでも思ったか?」

「引きこもり老人…」

別にそこまで言ってはいないがー。

隣でキョトンとするリーリエにヴェルランドは気を取り直して咳払いをする。

「とにかく、これのGPSに頼ろう。使いたくは無かったが緊急事態だ。致し方ない」

ヴェルランドはそう言って、スマホの電源を入れる。

「そんな便利なものがあるならもっと早く使えばいいのに。AIに道案内させた方が早かったのでは?」

そうすればもっと的確なアドバイスが受けられた筈である。

「最新技術は確かに便利だ。しかし、その分危険だ。今こうやって電源を入れた事によって、シリウスのネットワーク上で私が今どこにいるのか筒抜けになっている」

「え、それって大丈夫なのですか?」

「だから緊急事態のみ利用すると私は決めている。さぁこちらだ行くぞ」

二人はようやく帰りの目処を立てると、暗闇の中を歩き始めた。

「あぁ、そうだ」

「?」

突然その場に立ち止まったヴェルランドは振り返るとリーリエに手を差し出した。

「何ですの?」

「森はまだまだ危険だ。はぐれない様に手を繋いでおこう」


ヴェルランドの提案にリーリエは一瞬固まるが、直ぐに手を引かれて歩き始める。

(私、ヴェルランドと手を繋いでる…)

リーリエは繋がれた手を見つめて小さく微笑んだ。




今日だけは許してくださいね…、リリィ王女ー。