店内は思った以上に、静かで耳触りの良い音楽が二人の鼓膜を震わした。
ヴェルランドは慣れた様子でカウンター席に腰掛けるとバーテンの男に、「ニコラシカを頼む」と声をかけた。
「かしこまりました…。お連れの方は?」
「彼女にはオレンジジュースを」
「ちょっと!」
ヴェルランドの言葉にリーリエは声を荒げる。
「何だ…」
「私、子供ではないのよ?貴方と同じのがいいわ」
リーリエの反応にヴェルランドは小さく溜息を吐くと、バーテンの男に「彼女にはファジーネーブルを」と声をかけた。
「何ですの、そのファジー何とかって…」
「ジュースに一番近しい酒だ」
ヴェルランドの返答に、リーリエはわかりやすく不機嫌を露わにする。
「馬鹿にしているのかしら?私だってお酒くらい飲めます。それともリリィ王女は飲めない方だったのかしら?」
「…そこまで言うなら私の酒を少しやる。リリィは関係ないだろう」
ヴェルランドも少しムッとした表情で答えるとリーリエは大人しく黙り込んだ。
「…それより、何か食さなくていいのか?後で腹が減ったと言っても何も出ないぞ」
「だってこのお店あんまり食べるものを置いてないんですもの…。見て下さいこのメニュー表。変な名前の飲み物ばかり…」
ガックリと肩を落とすリーリエにヴェルランドは再び溜息を吐く。
「ここは本来酒を嗜む場だ。これだから温室育ちは…」
「温室育ちというのはやめて下さい。温室でしか咲けない花もあるのです」
リーリエはメニュー表を見る手を止めると、少し傷ついた様子で答える。
「…そうか、それはすまなかった」
「私、ドリアにします、貴方は?」
「私は結構。この身体になってから食べずとも動ける身体だ」
彼が腹ごしらえをしよう提案したのは他でもない自分の為だと知ったリーリエは、気まずそうに視線を逸らす。
「…なんか、ごめんなさい」
「気にするな」
*
*
*
それから数分後ー。
ようやくバーテンが二人の前で酒を作り始めた。何でも感謝祭の影響で店は今はどこも大忙しの様だ。
リーリエは珍しそうにグラスに注がれた酒を見つめると、嬉しそうに微笑んだ。
「私、こう言ったお洒落な場所でお酒を飲むのは初めて、ヴェルランドはよく来るのですか?」
興味津々と言った様子でリーリエは尋ねる。
「昔はよく同僚に連れられて来ていた。だがこの身体になってからは一度も…」
ヴェルランドは静かにそう答えると、グラスの上に載せられたレモンと砂糖を齧った。
「…何だ」
「い、いえ…随分と変わった飲み方をされるのですね」
どうやら、レモンを絞るのではなく突然齧り付いた事に驚いている様だ。
「…ニコラシカは口の中で完成する酒だ。最初にグラスの上に載せられたレモンと砂糖を齧ってから下の酒を飲む」
ヴェルランドは丁寧に説明してやると、グラスに入った酒を一気に流し込んだ。
「あ、せっかく一口貰おうと思いましたのに」
「やめておけ。お前には度数が強すぎる」
「私の酒を少しやると仰ったのはどこのどなたかしら?」
「お前は酒で失敗した事が無い様だな…、ここで潰れられても私は困る」
しかし、隣で不満そうに頬を膨らますリーリエの姿にヴェルランドは仕方なくもう一杯酒を注文した。


