ツミキ・パートナー




「今日の予定ですが、まず一時間目に、ペアの目標を決めてもらいます」


 入学して三日目。ホームルームで、先生が淡々とそう告げた。

「ペアの目標も、相手と同様に三年間変えることができません。慎重に考えて下さい」


 目標を適当に決めたら、三年間、ずっと恥ずかしい思いをすることになる。先生は、暗にそう脅しているんだ。
 ちらりと、背後を見てみた。浦和くんは、周りの顔が強張っているのすらどこ吹く風というように、瞳をらんらんと輝かせていた。
 それを見て、思わず…………彼のような明るさが私にもあればいいのに、なんて、今はどうでもよくて、叶うはずもない夢を、望んでしまうのだった。



「起立。これから、一時間目の学活を始めます。お願いします」

「お願いしまーす」

「着席」


 先生は、ペアでまとまって会議するように指示してから、他のクラスへ行った。

「くれぐれも、先生がいなくなったからといって騒がないようにして下さい。いいですね」

「「はーい」」

 気の抜けるような返事に、溜め息を堪える仕草をしながら先生は出ていった。


「……浦和くん。目標、何にする……?」

 周囲の視線を気にしながら、恐る恐る訊く。すると、「名前で呼んでよ」と浦和くん。


「え、……えっと、もう一回言ってくれる?」

「名前で呼んでほしいんだってば。駄目かな」


「……別にいいよ。自分の苗字、好きじゃないし。……明斗くん、目標、どうする?」

 そう問い直すと、明斗くんは、満足気な表情をして頷く。

「どうしよっか、京都(みやこ)。何か案ある?」


 周りからの視線の棘が、より一層増した気がした。私は、首を横に振る。

「ないよ。うら、明斗くんはどう?」

「僕は、えっと」


 ようやく会議らしい会議ができそうで、ほっと安堵の息を吐いた。


「“増えるかけ算”がいいと思う」

「……どういう意味……?」

 私は、気になってすぐに訊いてしまった。だって、かけ算って、普通なら増えるから。


「―――京都はさ、自分の実力を一から百で表すとしたら、なんだと思う?」

「え、どうしたの、急に。……一、かな」


「僕も、一だと思う。でも、(いち)×(いち)じゃ増えないじゃん?それに、どっちかだけが成長しても、増えない」


 確かに、と思ったけど、口を挟むのを躊躇った。明斗くんは、柔らかく笑って続けた。

「だから僕は、両方が成長できる、“増えるかけ算”ができるペアになりたい」


「……良いと思う。凄いね、本当に……。ペアの目標、それにしよう」

 絞り出した言葉はそれだけで、言葉足らずすぎると自己嫌悪に陥る私に、明斗くんは顔をひときわ明るくした。

「ありがとう」


「ど、どういたしまして……。そういえば、時間余っちゃったよね」

「……よかったら、ちょっと話さない?」


「いいよ。でも、何話すの?」

「雑談だよ。そういえばさ、最近よく名前見る泥棒いるよね……確か名前は、レインボー(・・・・・)。知ってる?」

 私は、思わず周りを見た。探偵を目指す学園でこんな話をするのが、少し怖かったから。
 幸い、今は誰もこっちを見ていなかったし、自分達の目標に夢中なようだった。


「……名前くらいは知ってるかな。私の家には、盗まれるようなものはないから」

「なんで捕まらないんだろうね?というか、レインボーって名前、どうやってついたんだろう。誰も知らないみたいだよね」

 ヒュッと息を呑んだ。周りの目を再び確認する。


 ……レインボーというのは、巷で有名な泥棒。
 美学もなく、どんな人からでも様々な手段でものを盗むという最低最悪な泥棒だ。

 みんな、レインボーの名前の由来は知らないようだった。

 …………でも、私は知ってる。この学園で、きっと私だけが知ってる。だって、……。




 ―――だって、私はレインボーの、娘だから。




『京都、これ、今月のお小遣い』

 母、石川雨江(うえ)の手には、五千円札が握られていた。小学五年生のときのことだった。小学生には多すぎるそれを、母はいとも容易く私の手に置いた。
 けれど私は、それを使ったことがなかった。
 洋服だとか、食べ物だとか、必要最低限のものを買ってもらうだけで、私は両親からの贈り物はいいと思っていた。それ以前に、両親からの贈り物なんて、欲しくもなんともなかった。だって、盗んだもの(・・・・・)だから。

 そのことを知ったのは、小学四年生の頃だった。
 訊いてしまったのだ。お父さんとお母さんは、何の仕事をしているの、と。


『泥棒だよ』


 全く悪びれずに言われ、私はすごく驚いた。それって駄目なことじゃないの、捕まっちゃうんじゃないの。私の言葉は、両親には届いていないようだった。

『大丈夫。レインボーは絶対に捕まらないんだ』

 そう言ったのは、確か父の石川後紋(あもん)。当時、レインボーという泥棒の名前は世間に浸透していなかったため、私は反応に困った。

 そして、咄嗟に問いかけた。お父さん、どうしてそんなに自信満々なの。盗まれた人の気持ちを考えたことはないの?
 すると、母が横から答えた。

『―――京都。お父さんとお母さんはね、他の人達と違って、「こうすべき」っていうのがないから、警察が探すのが大変なの。見つかっても、証拠もないから問題ないはずだわ。それに、私達が盗むのだって、せいぜい数万円。その人が一生で稼ぐお金の一%でもないんだし、大丈夫よ』

 そのときの私には、難しくてよく分からなかった。
 だけど、今なら分かる……すごく、最低な考え方なんだってことが。


『そうだ京都、レインボーという名前の意味を知ってるか?』

 嬉々として訊いてきた父に、私はどうしてかもわからないまま不機嫌になって答えた。

『知らない』


『そうかそうか。レインボーはな、虹という意味なんだ。お母さんの名前には、“雨”の字が入っていて、お父さんは、“後”という字がある。雨の後といえば、虹だろう?だから、虹という意味のレインボーにしたんだ』

 どうだ、格好いいだろう。泥棒の名前が格好いいかどうかなんて考えられない私は、顔を顰めたまま部屋にこもった。
 かつてないくらいの、無力感に襲われた。



「―――もしかしたらさ、レインボーって、案外いい泥棒なのかもしれないよね」

 意識は、数年前から、目の前の明斗くんに移った。
 そしてその瞬間、自分の耳を疑った。明斗くんの言葉が聞いた通りのものだと分かると、口は私が制御する前に反論した。


「レインボーは、そんな綺麗な存在じゃない。最低最悪な泥棒(・・)なの!」


「……そうかな……。でも、分かんないじゃん。会ったこともないのに」

 今、さらに反論したら、怪しまれるかもしれない。
 そう考えて、私は口をつぐんだ。関係者であるということがばれたら、学園を出ないといけないから。折角入学したのに。折角両親を気にしないでいい場所に、来れたのに。

「そ、うだね、……。確かに、分からないね……」

 必死に自分を押し殺して答えた私。明斗くんは、ニヤリとしてこちらを見た。



「もしかして、…………京都って、レインボーの関係者?」


 私は、心臓が縮み上がるような気がした。
 そして、しまった、と思った。こんなにあからさまに反応したら、―――。


「ふーん、そうなんだ」


 確信を得たような明斗くんが、再び口を開く。

「そういえばさ……京都、自分の家には盗まれるようなものはないって言ってたのに、レインボーに分かりやすく不満持ってそうだったよね」

 咄嗟の誤魔化し。咄嗟の反論。それが裏目に出ていたなんて……。
 私は、もう言い逃れできないと悟った。


「……お願い、学校には言わないで」


 苦しい頼みではあった。聞き入れてもらえる可能性なんて、限りなく低い。
 それでも、言わずにはいられなかった。


「……いいよ」


「…………、え……」

 明斗くんの答えに、私は目を丸くした。


「い、いいの?本当に?」

「いいよ。でも……」


 明斗くんは、少し溜めてから口を開いた。



「―――その代わりに、僕の復讐に付き合ってくれない?」