「…………改めまして保護者の皆様、本日はお越しいただきありがとうございました。では最後に一つだけ、失礼します……―――芯理学園へようこそ。存分に、探偵として活躍して下さい」
その言葉を最後に、理事長からの、およそ十分に及ぶ長めの式辞が終了する。
最後に伝えられた言葉に、ある人は緊張したように背筋を伸ばし、ある人は嬉しそうな表情を浮かべ、ある人は不安そうに辺りを見回した。小学校までに見た、退屈そうな雰囲気はまるでなく、みんなどこか明るい感情を持っているのが分かる。
「新入生、起立」
二百人近い新入生が一斉に立ち上がり、空気が動く音がした。
「礼」
「ありがとうございました」
「新入生、着席。一年五組の人から教室に戻って下さい」
退場を促され、五組の人達は体育館を後にした。数分後、ようやく私の一組が呼ばれ、廊下へ出た。
おしゃれな校内を、じろじろと不躾なほど眺めながら。
綺麗なデザインの階段を、数段飛ばしで跳ねるように上りながら。
みんな分かりやすく浮足立っていた。
「……ねえ、石川さん」
突然後ろから声がして、ビクッと肩を震わせた。
「なに?浦和くん」
私の一つ後ろの席の、浦和明斗くん。底抜けに明るい彼に、この名前はよく合っていると思う。
けれど、時々何を考えているのか分からないことがあって、それが少し怖い。そんな相手だ。
「石川さん、楽しみ?この学校で生活するの」
「……楽しみだけど……それがどうかしたの?」
私がなんでもないような顔をして訊き返すと、「別に、ちょっと気になっただけだから」とはぐらかされてしまう。
やっぱり、なんだか不思議で、得体の知れない人だ。
「…………浦和くんはどうなの?」
沈黙に耐えかねて、私は咄嗟に尋ねた。
「え、なにが?」
「中学校生活。楽しみ?」
「もちろん楽しみだよ。一緒に楽しもうね」
「……うん、そうだね。頑張ろう」
浦和くんの言葉に頷いたそのとき、先生から前を向くことを促された。
素直にその言葉に従い前を見た私たちに、先生はまず名前を名乗った。
「橘春子です。今日から一年一組の担任なので、一年間よろしくお願いします」
真っ直ぐこっちを見て、綺麗な姿勢でお辞儀をする、橘春子先生。
だからこそ、厳しそうだという色眼鏡を思わずかけてしまう。
先生は、萎縮する私をよそに、今日の予定などについて話し始める。
「まず、今日はみなさんに、ペアになって貰います」
ペアって、なんだろう。そう感じたのは私だけじゃなくて、みんな不思議そうな素振りをして顔を見合わせていた。
「ペアというのは、我が芯理学園の伝統的なシステムです。各自、二人一組のペアを作ります」
「誰とでもいいんですか?」
浦和くんが手を挙げて質問し、橘先生は「基本的には」と言った。
「クラスの中で、気に入った相手を誘ってください。両方が了解したら、ペア成立となります。三年間ペアとして過ごしていただきます」
例外を除き、途中でペアを変えるのは不可能だとも先生は続けた。私は、思わず緊張した。
しかし、教室内をぐるりと見渡すと、ワクワクした顔つきの人がたくさん見られる。私は、それらの大半が女子であり、私の背後を見つめていることに、何の疑問も持っていなかった。
「では、席を立って構いません。ペア組みを始めて下さい」
その瞬間。ワッと、教室中が熱気に包まれる。
「ねえ、あたしとペアになってくれない?」
「私、小学校でも成績が良かったから、ペアになったら楽しいと思うの。どうかな」
「ウチとペアになってよ!絶対楽しませるからさぁ、一緒に頑張ろーよ!!」
「……、うわあ……」
私が、自分の席を立つことを余儀なくされるほどに、私の後ろの席の―――浦和くんの周りは、賑わっていた。
会ったことがない人ばかりで、その上人と関わるのを好まないから、私は誰に近づくともなく人だかりを観察する。
「お願い!私とペアになってーっ」
「私、この中にいる誰よりも浦和くんとペアになりたいって思ってるよ!!」
「絶対後悔させないから、自分とペアになってほしい……!」
女子に大人気の浦和くん、きっとその理由は敵無しのルックスだろう。高身長で、顔も良くて、ついでに人懐っこい性格。私は、独りぼっちの自分とのコントラストに苦笑した。
「でも……どうしよう、ペア」
まさか、ペアを組めなかったら三年間独りってことはないよね。浦和くんも、今は席が近いから良くしてくれてるけど、ペアができたらそんなことはなくなるだろうし。花の中学校生活、ぼっちで過ごさざるを得ないなんて、嫌だ……。
持ち前のネガティブが加速して、思考が暗い方向へと進んでいった。
頭を抱えそうになり、咄嗟に理性が制御する。そんな私の格好は、傍目に見ればさぞシュールだったことだろう。
というか、浦和くんはどうなんだろう?やっぱりあの中にいる誰かとペアになるのかな……
「―――で、誰とペアになるの、浦和くんっ」
「私だよね?」
「ウチとペアになろうよ、ねっ?」
答えを求め近づく女子達は、まさしく獣そのもの。思わずその勢いに気圧される。
「僕はね、…………―――さんとペアがいいかな」
「え、誰って?」
「石川さん。どうかな」
クラスメイトの視線が、痛い。断ったら、「なんで誘いを受けなかったんだ」と全方位から問い詰められるのが目に見える。
「―――うん、分かった……いいよ」
結局私は、自分を守るために、自分を犠牲にする選択をした。
「よかった。ありがとう」
にっこり微笑む浦和くんに、乗せられた気しかしなかった。私は、明日からの自分を思わず憐れんだ。



