いじわる主治医は、私にだけ甘い

ーside 彩人verー

麻酔に落ちる前に冴は「あとはよろしくね」と言った。
いつも何でも一人で頑張ろうとする冴が俺たちを頼り、すべてを預けるようなことを言ってくれた。

「ただいまより腹腔鏡下にて子宮筋腫核出術を行います」

「よろしくお願いします」

「……っ」

そこで俺の手は止まった。
手術室に響く音が遠くに聞こえ、代わりに冴の笑顔が浮かんだ。

ーー海での初デート

「うん。緊張して30分前から待ってた」

「ははっ、冴らしいな」

ーーハワイでの冴

「ヒック……Thank you」

「そこは英語なのかよ! You’re welcome, kitten.」

ーー箱根での言葉

「私も、彩人を幸せにしたい」

冴が幸せだったから。
冴は俺を幸せにしたいと言ってくれた。
俺は冴の心にきちんと報いていけるのだろうか。
これからの未来を作っていけるだろうかーー


「彩人、手が震えている。怖いのか」

「慶人、ああそうだ。こんなのは初めてでどうしたら良いか分からない」

「目の前にいる人を花野冴だということを忘れろ」

「無理だ! 」

「じゃあ僕が執刀医をするか」

「それも嫌だ」

「じゃあこの人は”僕たちの未来だ”。そうすれば怖くない、だろ?」


ーー冴、冴。
俺たちの大切な未来。

「あ、二人とも、虹が出てるよ!」

もっと美しい景色を君に見せたい。

「ありがとう、このネックレス、一生大事にする!」

もっと愛したい。

「え、キッチン? 彩人、まだお腹すいてるの?」

もっとくだらないことで笑いあいたい。

君とやりたいこと、一人にしないという約束、全部叶えてあげたいから。

進め、進め、進むんだ、彩人。


「慶人、メス」

「はい」


この時、俺の手のひらにのったメスの重さを俺は一生忘れないだろう。