全ての事態がどう収束したのか、ナタリアは知らない。
だが、イェーガー家では当主ギルバートとその母アリシア、それにメイド一人が行方不明になり、バンパイアの復讐なのだろうと言われた。
同時に、コストボッソ港周辺で続いてい失踪事件や、殺人事件がぱったりと途絶えた。
これらの出来事に関連を疑ったのは、イェーガー家とそこに仕えるハンターの戦士たちだけだった。
彼らは、港を根城にしていたバンパイアをギルバートが討ち、母親とメイドは何らかの原因で巻き込まれて命を落としたのだと結論付けた。
ギルバートの息子レイモンドは、母親エリーゼとその実家に預けられた。
冬の初め、ナタリアが最後にエリーゼに会ったとき、エリーゼは最近雇ったルカという執事がレイモンドをとてもよく面倒を見てくれるという話をしていた。
ナタリアは一人、ルイザーの港から外国へ行く船に乗った。
遠く、吸血鬼がいるのかもわからない遠い地へ彼女は一人で行こうとしていた。
アリシアの最期を看取ったあの壮絶な戦いから遠ざかりたいと思ったのだ。
永遠に近い時間を生きるバンパイアの傍らに立つ決心も付かなかった。
ルカも、そしてギルバートさえ、完全にバンパイアになる原因は愛ゆえだった。
『自身を愛する者の血こそが、もっとも甘い』
墓所に眠る、アルフォンスの一族の者達も又、愛ゆえにあそこに眠っている。
ナタリアだけが、彼の傍らにいることはできないと思ったのだ。
夜の船首で、ぼんやりと海を眺める。口ずさむのは、遠い記憶の子守唄だ。夜風の音に乗って、唄はどこかへと流れてゆく。
ビュウッと、強い風が吹き、ナタリアの帽子が飛ばされた。
「あっ!」
伸ばした手は帽子を掴み切れず、白い帽子が風下へ消えた時、ナタリアの手を、白い手がつかんだ。
筋張って大きい、だが少年の手だった。
ナタリアは振り返ることが出来ない。
ただ、帽子が波間に消えていくのを見つめ、自分の視界が涙でゆがむのに任せていた。
「ナタリア」
聞き覚えのある少年の声。
ナタリアを後ろから力強く抱きしめる体にも、どことなく幼い気配が残っている。あと一年か二年もすれば、彼も完全に大人になるだろう。
「アルフォンス、どうして」
「いけないか?」耳元で静かな声がする。
「私、あなたと決別するって、決めたの⋯船に乗る前に決めて⋯。船から降りたら、もう忘れるって、決めてたの」
後ろから抱きしめるアルフォンスの力が一層強まった。
「許さない、ナタリア。あんたは俺と一緒にいるんだ」
少年の声は熱っぽく、絡みつくような執着を含み、ナタリアの耳に流れ込んでくる。
アルフォンスが、ナタリアの肩を掴んで、自分に振り向かせた。
そして、激しく、深くナタリアに口づけた。
「アル⋯⋯アルフォンス⋯⋯!」
少年の腕は、ナタリアを離さず、口づけを繰り返す。
ナタリアは、アルフォンスの口づけに溺れ始めた。
息つく間も与えられない執拗な口づけだった。
『自身を愛する者の血こそが、何よりも甘美なのだ』
だが、甘いのは血だけではない。
彼の匂いも、視線も、声も全てが甘い。
ナタリアは抵抗を諦めた。
愛に抗うことなど出来ようか。
彼に愛していると言いたかった。
だが、降り注ぐような口付けにその隙間さえない。
「ナタリア、愛している」
口付けの隙間でアルフォンスの方が先に言った。
終わり



