ギルバートは驚いた顔でナタリアを見た。ナイフは確実にギルバートの心臓を狙っていた。
外しようもない動かない的をねらったナイフが、ギルバートに届く直前。
アルフォンスの白い手がナタリアの前に伸びて、ナイフを払い落した。
そして、彼女の手から落ちたナイフを受け止めると、ナタリアの体を強く抱きしめ、その小さなナイフをギルバート・イェーガーの胸に突き立てた。
驚いた顔のまま、ギルバートの体が色をなくした。
アルフォンスが刺したナイフは、ギルバートの心臓に届いたのだ。
「ナタリアに血は似合わない」
アルフォンスが静かに言った。
そのアルフォンスの手も、ハンターのナイフを握ったせいで、肉が焼ける臭いがしている。
ルカが人の姿に戻り、息子の最後を見届けようと消えゆくギルバートの傍らに立った。
ギルバートの体は、灰になって散っていく。
いつものように、そのすべてが地面に落ちきるのに、そう時間はかからなかった。
音も無く灰が風に散るのを、ルカはじっと見つめている。
「ルカ」
「私は、身も心もバンパイアになりました。ダンピールのままであれば、この場でアリシアの命をわがものにしてギルバートを倒す決断は出来なかったでしょう」
「ルカ⋯⋯」
ナタリアは、最後の決着の場面を思い起こした。
その決断をしなかったら、ギルバートは東屋に侵入し、ナタリアの命は奪われただろう。
アルフォンスではギルバートに勝てはしなかった。
完成されたバンパイアであるルカにも、それは危うい勝負だった。
ギルバートは多くの人の命を奪っていたのだから。
アリシアの命をギルバートが助けたかどうかは分からないし、アリシアはバンパイアの仲間に加わる気は無かった。
ルカは静かに膝まずくとその灰を手で梳いた。
「私は、アリシアと別れ、静かに退場するつもりだったんです。それなのに、あの男が現れた⋯⋯アリシアを傷つける男。私はあの男を殺して永遠のものになりました。ですが、その代わり⋯⋯私は心を失ったのです。人は人を殺さない。それを破るものこそが、バンパイアです。だから、息子を殺すことも出来た。私は、あの子を生み出した責任を取らなくてはいけなかった。見届けなくてはいけなかった。アリシアを犠牲にすることも出来た」
「ルカ⋯⋯お義母さまは、あれでよかったのよ! 本当よ、ルカ!」
ナタリアはルカの手の上に自身の手を重ねた。
「お前はギルバートにとどめを刺すことは出来なかった。それをしたのは、俺だ。俺がやらなければナタリアがやっただろう」
ルカがそれを聞いて、ナタリアに笑みを向ける。
「ええ、あなたはとても勇気ある人です」
ちらりと、アルフォンスがナタリアを見た。その目は(お転婆の間違いだろ?)と言っていた。
周囲は夜の帳が降り始めている。
だがまだ明るく、東屋を取り囲んでいた人々が、どこか呆然としたような顔で、きょろきょろとあたりを見回したり、あまりの疲労に、その場にへたり込んだりしていた。
彼らはギルバートの魅了から解かれたのだ。
東屋には、アリシアの遺骸が静かに横たわっている。
「急いで後片付けをする必要がありますね」
「ああそうだな」
男たちが説明もなく頷き合うのを、ナタリアはただ茫然と見ているしかない。
ナタリアの足も安堵と恐怖と疲労で震え、立ちあがることが出来なかったからだ。
ルカがアリシアの手首を拾って、本人の元あった位置に置いた。彼女の死に顔は満足げだった。幸福そうだったし、そう思いたかった。
ナタリアは、アリシアとギルバート、そしてベスの死をどうやって言い訳しようかと思ったが、今は何も考えたくない。
「ナタリア、休んでいろ。起きたら全て終わっている」
アルフォンスが、ナタリアの唇をそっと奪った。
「ええ、動きたくても動けないわ」
ナタリアは柱にもたれて目を閉じ、しばらくしてアルフォンスに名を呼ばれたような気がしたが、疲労が波のように打ち寄せて、目を開けることが出来なかった。



