「ナタリア! この裏切り者! この前林檎の木の下でその子供を見た時から分かっていたぞ! その子供がバンパイアだとな。そいつはヒイラギの生け垣を避けた。ヒイラギの葉はバンパイアにとって猛毒に等しい。お前がそのバンパイアを家に誘い込んだから、見ろ、あのメイドはバンパイアになって死んだ!」
ギルバートは、それが本当にナタリアの責任であるかのように言い切った。
ルカの腕の中でアリシアが呻き声を上げた。
ギルバートの言葉はいつでもナタリアを切りつけ打ちのめす。その言葉が今アリシアをも打ち付けている。
本当に、酷い男だ……。
恐ろしい姿になってチリになって消えたメイドのベス。
だが、彼女はあの夜ナタリアを裏切ってなどいなかったのだ。
「あのメイドに血を送ったのは、やっぱりお前だったんだなギルバート」
アルフォンスが立ち上がってナタリアを背に隠した。
「ああ! そうだとも。あの女はいつも私を目で追っていた! 汚らわしい目で見ていた!」
周囲に集まっていた人々は舞台俳優の独白を聞く脇役のようにギルバートの後ろで立ちすくんでいる。
「やめてギルバート、ベスをそんなふうに⋯⋯」
アリシアが声を絞り出して言う。
だがギルバートは声高に続けた。
「あのメイドは従順な下僕になった! 喜んで魅了された。喜んで私の真の仲間になった! 私があの女に血を与えた時の悦びに満ちた顔!」
ナタリアは咄嗟に叫んだ。これ以上聞きたくなかった。
「やめて! ギルバート! それは憧れというものよ。ただ遠くで見て⋯⋯ただそれだけなのよ!」
だがギルバートは話し続ける。
「憧れ⁉︎ナタリア、お前にも見せてやりたかった。あの女が私が血を与えるのをどんな顔で待っていたのか! お前がそいつに見せているのと同じ、浅ましく絶頂した醜いメス豚の顔だ! 自身が狩るべき者を目の前に!」
ナタリアに話しかけているようだったが、ギルバートの目はしっかりとアリシアに向かっていた。
ルカが呆れた顔で息子を見た。
「ギルバート! 君は誇り高きハンターではないのか? 何故人を喰らう者になった? バンパイアハンターであることこそが自身の何よりの価値だとフーベルト・イェーガーも言っていたぞ」
ギルバートは残忍な表情で笑った。
「確かに、私は喰った! ハンターの使命を果たさぬ弟を」
「ああぁっ」
その言葉を聞き、ナタリアは鋭い悲鳴を上げた。
「だが、ああ、確かに私はハンターだ。私はバンパイアを狩るもの! 私は気が付いたんだ。バンパイアを狩るべきは同じくこのバンパイアの血であると! バンパイアの死で手を汚すのは人の仕事ではないと知った! ヴェネディクト、あの不肖の弟。あいつの血はただそれだけにおいて役立った。人の力は弱い。こいつらを見ろ」
ギルバートは亡霊のような人々をちらりと見た。
「こんなにも容易くバンパイアに魅了されてしまう。ナタリア、お前や母上のようになんの術にもかからぬ内からバンパイアに喉を差し出すものさえいる。だがバンパイアになってしまえば違う。血の力さえあれば、多くの血を飲めば飲むほどに力がみなぎる。この力さえあれば、どれだけでもバンパイアを狩ることができるだろう。私は素晴らしい力を手に入れた。ヴェネディクトの血はこの上もなく香しかった! あんなにも憎い弟ヴェネディクトの血が、あんなにも甘く⋯⋯!」
ギルバートの目はまるでその日を再現するように真っ赤に燃えている。そしてその表情はおぞましいほどなまめかしく、眼をそむけたくなるほど愉悦に満ちている。
「これではどちらが化け物かわからないなギルバート・イェーガー」
アルフォンスの目が軽蔑でするどく細まった。その内側の瞳は、静かな、美しい緑だ。
「いいや、化け物はお前たちだ。私はハンターだ。お前たちを狩りつくす者だ。お前達、甘っちょろい小僧に年寄り、ろくに《食事》をしたことが無いバンパイア、非力な女! 何が出来る⁉︎ さあ早く東屋から出てこい。女達をこちらに寄越せば、何、私だって二人同時に追えやしない。どちらかは逃げられるのではないか? そのあとで地の果てまで追って狩り殺してやるがな!」
突然ギルバートが、傍らで呆然と立つ中年の女を掴み上げその喉笛を食い破った。
「キャアッ!」
飛び散る鮮血を目の当たりにし、ナタリアは恐怖でよろめき東屋の柱にぶつかる。
ギルバートの喉がごくりと上下した。
今や屍となった女を振り捨てると、彼は切り落とされた腕を元の位置にぴたりと付けた。
血が流れていた傷は見る間にふさがり、ギルバートはその傷を負わせたルカを嘲笑うかのように両腕を振って見せた。
切られた腕が元の位置に繋がっていた。
威厳と生気を取り戻した義兄は血にまみれながら、神々しくも美しい。
ギルバートは、東屋に一歩踏みこもうとしたが、見えない壁に遮られるように押し返され、中に入ることは出来なかった。
「忌々しい奴らめ‼ ハンターの技を盗むとは!」
ギルバートがそういうや否や、後ろで号令を待っていた人々は虚ろな死人のような顔で東屋に向かって人垣を狭め、ギルバートには入ることができない東屋の中に侵入しはじめた。
アルフォンスとルカが彼らが振りかざす銀のナイフからかろうじて身を躱し、女たちをかばいながら必死に応戦する。
アルフォンスは人々の喉を締め上げ気絶させるが、縛り上げたりする余裕はなく、しばらくすると目を覚ました人々はまた襲い掛かってくる。
ルカは、人の血を啜った完全なるバンパイアだ。彼が手を触れると敵の数人は、無言で東屋を出て行ったりその場でばたりと倒れた。
だが、キリがない。
そんな最中、ナタリアの視界の端に、恐ろしい光景が飛び込んできた。
アリシアを守るルカの隙を突いて一人の男がアリシア体のを掴み東屋の外へ押し出そうとしていたのだ。
「お義母様!」
「アリシア!」
ナタリアとほぼ同時にルカも叫び、男を蹴散らすとアリシアを奪い返した。
だが、間に合わなかった。
東屋の外に出た手首を、ギルバートがつかんだのだ。
「母上! 私をそこに入れてください」
ギルバートは、引き攣れた顔で牙を剥いて笑った。
東屋の外へ引っ張るギルバートと、取り戻そうとするルカ。
その人ならざる者同士の引き合いに、アリシアが声にならない悲鳴を上げた。
声がかれ、弱り切った彼女でなければ、庭中に響き渡るほどの絶叫だっただろう。
だが、ナタリアの目にはギルバートの目論見が、はっきりと理解できた。
アリシアの手を掴んだままギルバートの上半身が東屋の中に侵入してきたのだ。
「ルカ! 駄目だ! 入られる!」
ギルバートの、勝利を確信した笑いにナタリアの心は絶望に染まった。



