少年吸血鬼はハンターの未亡人に愛を捧げる


ヴェネディクトが、ギルバートの思い込みによって死んだというのならば、何とも空しい真実だ。

ナタリアの腹の底から、ギルバートへの憎しみがせり上がってきて、吐き気さえしてくる。

ギュっと手のひらを握りしめながら体を揺するナタリアの肩を、アルフォンスが抱いた。

ナタリアは、アルフォンスの手に逆らわず、彼の肩に頭をもたせかけた。

ルカもアリシアの背に手を回して、優しく、慰めるように撫でた、彼女はルカの胸に頭を預けて深く息を吸い込んだ。久しぶりに会う恋人の匂いを確かめるように深く。

アリシアは老女だ。そしてルカはその息子のように見える。

ナタリアは、バンパイアを愛するという残酷さをまざまざと見せつけられ、ギュウっと胸が締め付けられるような悲しみを感じた。

(永遠に生きる事は、死ぬのと大して変わらないわ⋯⋯千年を生きるなんて、死んでいるのと同じじゃないかしら?)

ナタリアは、ほとんど衝動的にアルフォンスの腰に腕を回した。すると彼はひどく熱のこもった目つきでナタリアの額に口付けた。

ルカが二人を見つめて言った。

「ナタリア様、吸血鬼の愛とは、その血を欲することです。自身を愛する者の血こそが、もっとも甘美なのです」

それは、さっきナタリアが尋ねた質問の答えのようだった。

何故、ルカはアリシアを連れて行かなかったのか。

(お義母様は人である事を選んだのね⋯⋯そしてルカもお義母様の意思を尊重した⋯⋯)

窓のないこの部屋にも、風が激しく窓を叩く音が聞こえている。

その音に、いつの間にか風以外の音も混ざっていた。鎧戸や玄関ドアを激しくたたく音だった。

がシャン!と、どこかで窓が割れる音がした。

「キャッ」

ナタリアとアリシアが肩をすくませると、それぞれ男たちがその肩を引き締めた。

風が室内に入り込む音がして、ドタドタと人の足音もする。

「クソッ!誰か連れてきたみたいだな、人の家に勝手に!」

「アルフォンス様、二人を頼みます」

いいながら、ルカが黒い霧に変化し、ドアの隙間から流れるように廊下へ出ていった。

「二人とも、来るんだ」

アルフォンスが壁のタペストリをめくると、木のドアが現れた。

アルフォンスがアリシアを支えて中に入りナタリアが後に続く。

通路の中には壁の隙間から灯りが入り込み、真っ暗闇ではない。

「ルカ、ルカは?」

ナタリアが不安げに後ろを振り返る。

「ここに来たという事は入ってきたのは人間だ。バンパイアの敵じゃない。多分ギルバートが魅了を使って言うことを聞かせているんだ」

アルフォンスが憎らし気に言い捨てる。

「屋敷の中の方が安全だと思うけど、どうして外へ?」

バンパイアが入ってこられないとすれば、魅了された人間の方が簡単に撃退できるような気がしたナタリアだが。アルフォンスは難しい顔をする。

「火をかけられるかもしれない」

「ええっ!」

「二十九年前、私が逃げ込んだホテルも、放火されたの。バンパイアは霧になって逃げることが出来るわ。でも人間はそうじゃない」

アリシアの沈んだ声に、ナタリアは彼女がその時炎に巻かれたのだろうと思った。

ナタリアが知るシェイマス・イェーガーは九十歳もすぎてなお矍鑠とした穏やかな紳士という印象だったが、ナタリアが見ていたのは本当の彼では無かったようだ。

「何て人たちなの⁉︎」

 怒りがみなぎって声を荒げたナタリアをアルフォンスが誇らしげに振り返った。

ナタリアは彼の首にかじりついて口づけしたいと思った。

薄暗い通路を進んでしばらくすると空気に甘く温かい外気が混じり、突き当りにドアの形の光が現れた。

「外ね!」

石の回廊の圧迫感が終わる安堵で、ナタリアは光が漏れるドアに駆け寄り手をかけた。

「開けるな!」

突然アルフォンスが叫んだ。

 だがもう遅い。

ドアは木材が朽ちていたようで重い扉が外に向ってバタンと倒れ、薄暮の庭が三人の前にぽっかりと現れた。

だが、現れたのは気持ち良い景色だけではない。

荒々しく焦点の定まらない表情の男が太い斧をナタリアに向かって振り下ろしたのだ。