アリシアのグリーンのドレスは所々引きちぎられたように裂け、見えている肌は打撲痕で青黒く変色している。
ルカが、アリシアの腫れた唇からペロリと血を舐めとったので、ナタリアは見てはいけないものを見た気がしてさっと顔を背けてしまった。
二人は親子ほども歳が離れて見えるのだ。ルカは見たところ30代中頃というところだ。
「ここは寒い。客間に移りましょう」
ルカはアリシアを横抱きに抱き上げると歩き出し、さっきベスを寝かせていた客間のベッドに彼女を横たえた。
部屋にはまだブランデーの匂いが残っている。
ナタリアは、ついさっきまでこの部屋にベスがいた事にギュッと胸が絞られるように苦しくなって、目の奥が涙で熱くなった。
ベスの優しさは偽りのものだったのだろうか? 自分は裏切られていたのだろうか?
「少々お待ちを」
そう言ってルカが席を立ち、しばらくして皮で巻かれた手紙の束を持って戻って来た。
ルカは何重にも巻き締められた革紐を解いた。
「ルカ! ギルバート・イェーガーが探していた手紙は、お前が持っていたのか⁉︎」
アルフォンスが怒りで声を荒げたのに、ルカはゆるりと首を振った。
「これは、アリシアが私に送った手紙です。ギルバートが探している手紙がどこにあるのかは、私が知る機会はありませんでした。ですが結局ヴェネディクト・イェーガーのメッセージによってその隠し場所は私たちの前に明らかにされた」
「それは⋯⋯林檎の木の下?」ナタリアは自身の憶測を裏付けたくて口にした。
ルカがアリシアに目を向けると、彼女は頷いた。
「ずいぶんと簡単な暗号でしたね」ルカがナタリアを労うように言った。
「まあ、そうね、少し遠回りだったと思うわ」
檸檬の木の下に斜線を引いておいて、その実、林檎の木の下がゴールだなど、一体誰がわかるだろうか。しかも、林檎の木の下の池はとっくに埋められている。
「ナタリアが、夜中によその家の別荘に乗り込むようなお転婆だとは知らなかったんだろう」
アルフォンスがそんなことを言ったので、ナタリアは場をわきまえず彼の鼻をつまんでやりたくなって、グッと堪えた。
そんなやりとりを見たアリシアがクスリと笑みを浮かべる。
そして弱りかすれてはいたが、迷いのない声で話し始めた。
「私は父から、とあるダンピールの男に近づき、その人物から血の源の一族を探るよう命を受けていたの」
「なんだって⁉︎」
アルフォンスが声を荒げた。
「それは知らなかった、アリシア!」ルカも焦った声をあげる。
「そして、十代の小娘はその男に夢中になってしまったの⋯⋯ああ、誤解しないでねイェーガー家はフォグリア家を疑ってはいなかったわ。父が見つけたのは、ダンピールになったばかりで、不安を抱えていた一人の男性だった、ただそれだけよ」
アリシアがルカにもたれかかり、ルカがその乱れた髪の毛を優しく漉いた。
「父は、私がルカの子を産むのを許したわ。あの人は異常な人だったから、どうしてそれを許したのかは理解し難いけれど」
「おじい様が⁉︎」
ナタリアは、温厚な人物だと思っていた先代シェイマス・イェーガーを思い起こした。
「お父様は私のためにギルバートの父親を用意したわ。ハンターの一族でフーベルトという男よ。黒髪の巻毛でルカ以上にギルバートに似ていて、誰も疑わなかったと思うわ。あの男がギルバートの父親だって事を」
ルカが、手紙の束から数枚を引き出してナタリアに手渡した。手紙は湿気を含んでツンとカビの匂いがする。
「俺も見て良いのか?」と、アルフォンス。
ルカとアリシアが頷き、アルフォンスがナタリアの手元を覗き込む。
本に書き添えられた文字と同じ、確かにアリシア・イェーガーの筆跡のようだった。
女性らしい繊細な字だ。
【子どもは、あなたにはあまり似ていません。
とても悲しいです。
私は、人の世界で生きていきます。
あなたを忘れて生きていきます。
これが最後の手紙です。
さようなら。 アリシア」
古い日付の手紙は、別れの手紙だったが、手紙はそれで最後ではなかった。
次の手紙は、9年経過していた。
【夫は、毎日暴力をふるいます。
息子にナイフをもたせ、バンパイアを殺すためと言って、生き物達を殺させています。
この子が心配です。
夫は人ではありません。人の姿をした、怪物です。
どうしてこんな事ができるのでしょうか。
助けて、助けて、助けて。
あなたの息子です。
ギルバートを助けて。
ルカ、ルカ、私の愛する人。あなたの息子を助けて、ルカ‼︎
あなたは私の永遠の夫
あなたの妻 アリシア
お願い、私を迎えに来て‼︎】
その日付は、ちょうど二十九年前だ。
ナタリアは、ジェイという忠実な一頭の犬がかつてアリシアを守って死んだのだという話を思い出した。
墓に記された日付は、二十九年前のものだった。
ナタリアの脳裏に、家を出ようとするアリシアと、それを止めようとするシェイマス、そして哀れにも撃ち殺されるダルメシアンの姿がさっとよぎって消えた。
(ルカが、ギルバートの父親⋯⋯)改めてその事実を見せつけられて、ナタリアは事態の複雑さに心が乱れた。
(ギルバートと、この人が⋯⋯)
「私は、家に戻ってフーベルトと結婚し、ギルバートは彼の実子として育ちました。ですが、夫との生活は耐え難いものでした。ギルバートはフーベルトにそっくりに成長していきました。ギルバートが九歳の時⋯⋯二十九年前⋯⋯耐えられなくなった私は、ルカに手紙を出して助けを呼びました。ギルバートを連れルカと再会し、三人でイェーガ―家から遠くへ遠くへと逃れていきました」
アルフォンスがルカを険しい表情で見た。その逃亡劇の終焉は誰にでも予想出来た。
ルカが、アリシアの腫れた唇からペロリと血を舐めとったので、ナタリアは見てはいけないものを見た気がしてさっと顔を背けてしまった。
二人は親子ほども歳が離れて見えるのだ。ルカは見たところ30代中頃というところだ。
「ここは寒い。客間に移りましょう」
ルカはアリシアを横抱きに抱き上げると歩き出し、さっきベスを寝かせていた客間のベッドに彼女を横たえた。
部屋にはまだブランデーの匂いが残っている。
ナタリアは、ついさっきまでこの部屋にベスがいた事にギュッと胸が絞られるように苦しくなって、目の奥が涙で熱くなった。
ベスの優しさは偽りのものだったのだろうか? 自分は裏切られていたのだろうか?
「少々お待ちを」
そう言ってルカが席を立ち、しばらくして皮で巻かれた手紙の束を持って戻って来た。
ルカは何重にも巻き締められた革紐を解いた。
「ルカ! ギルバート・イェーガーが探していた手紙は、お前が持っていたのか⁉︎」
アルフォンスが怒りで声を荒げたのに、ルカはゆるりと首を振った。
「これは、アリシアが私に送った手紙です。ギルバートが探している手紙がどこにあるのかは、私が知る機会はありませんでした。ですが結局ヴェネディクト・イェーガーのメッセージによってその隠し場所は私たちの前に明らかにされた」
「それは⋯⋯林檎の木の下?」ナタリアは自身の憶測を裏付けたくて口にした。
ルカがアリシアに目を向けると、彼女は頷いた。
「ずいぶんと簡単な暗号でしたね」ルカがナタリアを労うように言った。
「まあ、そうね、少し遠回りだったと思うわ」
檸檬の木の下に斜線を引いておいて、その実、林檎の木の下がゴールだなど、一体誰がわかるだろうか。しかも、林檎の木の下の池はとっくに埋められている。
「ナタリアが、夜中によその家の別荘に乗り込むようなお転婆だとは知らなかったんだろう」
アルフォンスがそんなことを言ったので、ナタリアは場をわきまえず彼の鼻をつまんでやりたくなって、グッと堪えた。
そんなやりとりを見たアリシアがクスリと笑みを浮かべる。
そして弱りかすれてはいたが、迷いのない声で話し始めた。
「私は父から、とあるダンピールの男に近づき、その人物から血の源の一族を探るよう命を受けていたの」
「なんだって⁉︎」
アルフォンスが声を荒げた。
「それは知らなかった、アリシア!」ルカも焦った声をあげる。
「そして、十代の小娘はその男に夢中になってしまったの⋯⋯ああ、誤解しないでねイェーガー家はフォグリア家を疑ってはいなかったわ。父が見つけたのは、ダンピールになったばかりで、不安を抱えていた一人の男性だった、ただそれだけよ」
アリシアがルカにもたれかかり、ルカがその乱れた髪の毛を優しく漉いた。
「父は、私がルカの子を産むのを許したわ。あの人は異常な人だったから、どうしてそれを許したのかは理解し難いけれど」
「おじい様が⁉︎」
ナタリアは、温厚な人物だと思っていた先代シェイマス・イェーガーを思い起こした。
「お父様は私のためにギルバートの父親を用意したわ。ハンターの一族でフーベルトという男よ。黒髪の巻毛でルカ以上にギルバートに似ていて、誰も疑わなかったと思うわ。あの男がギルバートの父親だって事を」
ルカが、手紙の束から数枚を引き出してナタリアに手渡した。手紙は湿気を含んでツンとカビの匂いがする。
「俺も見て良いのか?」と、アルフォンス。
ルカとアリシアが頷き、アルフォンスがナタリアの手元を覗き込む。
本に書き添えられた文字と同じ、確かにアリシア・イェーガーの筆跡のようだった。
女性らしい繊細な字だ。
【子どもは、あなたにはあまり似ていません。
とても悲しいです。
私は、人の世界で生きていきます。
あなたを忘れて生きていきます。
これが最後の手紙です。
さようなら。 アリシア」
古い日付の手紙は、別れの手紙だったが、手紙はそれで最後ではなかった。
次の手紙は、9年経過していた。
【夫は、毎日暴力をふるいます。
息子にナイフをもたせ、バンパイアを殺すためと言って、生き物達を殺させています。
この子が心配です。
夫は人ではありません。人の姿をした、怪物です。
どうしてこんな事ができるのでしょうか。
助けて、助けて、助けて。
あなたの息子です。
ギルバートを助けて。
ルカ、ルカ、私の愛する人。あなたの息子を助けて、ルカ‼︎
あなたは私の永遠の夫
あなたの妻 アリシア
お願い、私を迎えに来て‼︎】
その日付は、ちょうど二十九年前だ。
ナタリアは、ジェイという忠実な一頭の犬がかつてアリシアを守って死んだのだという話を思い出した。
墓に記された日付は、二十九年前のものだった。
ナタリアの脳裏に、家を出ようとするアリシアと、それを止めようとするシェイマス、そして哀れにも撃ち殺されるダルメシアンの姿がさっとよぎって消えた。
(ルカが、ギルバートの父親⋯⋯)改めてその事実を見せつけられて、ナタリアは事態の複雑さに心が乱れた。
(ギルバートと、この人が⋯⋯)
「私は、家に戻ってフーベルトと結婚し、ギルバートは彼の実子として育ちました。ですが、夫との生活は耐え難いものでした。ギルバートはフーベルトにそっくりに成長していきました。ギルバートが九歳の時⋯⋯二十九年前⋯⋯耐えられなくなった私は、ルカに手紙を出して助けを呼びました。ギルバートを連れルカと再会し、三人でイェーガ―家から遠くへ遠くへと逃れていきました」
アルフォンスがルカを険しい表情で見た。その逃亡劇の終焉は誰にでも予想出来た。



