亡き夫の兄であり、バンパイアハンターの一族の家長、ギルバート・イェーガー。
「渡せ⋯⋯」
ギルバートが床をはいずりながら、ハッハッと荒く息継ぎして言った。
「母上⋯⋯手紙をどこに隠した? 渡せ!」
アルフォンスがもう一度剣を振りかぶった。
だが、容赦なくその剣が振りきられようとしたとき、アルフォンスの足にアリシアがしがみついて叫んだ。
「やめて! やめて‼︎」
半狂乱のアリシアの髪は振り乱れ、いつも冷酷ささえ感じる取り澄ました表情は脆く崩れている。
「退け!」
アルフォンスは冷たく言い放ち、長剣を薙ぎ払った。
だが、アリシアにしがみつかれた数秒の隙のせいで、バギルバートは再び霧に姿を変え剣刃を逃れた。
黒い霧の姿のギルバートは、天井に張り付き、ホールを見下ろして叫んだ。
「ナタリア! お前は知っているはずだ。ヴェネディクトから手紙の在処を聞いたはずだ!」
黒い霧は細長く伸びると、鞭のようにしなってナタリアを打とうとする。
アルフォンスの持つ長剣がそれを払いのけたが、次々に伸びて来る黒い鞭はナタリアとアルフォンスの周りで渦を巻いて徐々に包囲を狭める。
「クソッ!」
「知らないわ、手紙なんて知らない!」
アルフォンスがもう一度長剣を振りかざしギルバートが変化した霧を切りつけた。
「ギャッ!」叫び声と共に、霧の渦が飛び散る。
飛び散ったのは、霧だけではなかった。
コップの水を叩きつけたような血しぶきが、床に飛び散った。
「母上! 手紙を! 手紙を!」
ギルバートは人の形の霧になり、狂気さえ感じる声で「母上、汚らしい裏切者!」そう言い捨てて今しがた入ってきたドアから、あっという間に外へ走り去った。
ルカが大急ぎでドアに駆け寄り、激しい音を立ててドアを閉じた。
ステンドガラスの向こうでは、相変わらず黒いインクのような霧が渦巻いていて、雷も風もその音は聞こえない。アリシアだけが激しく声を上げて泣いている。
「何故⁉︎ 何故ギルバートが⁉︎」
ナタリアは今見たものが納得できず、全員を順番に見まわしてその表情を確認せずにいられなかった。
心臓が胸を破りそうな激しさで打ちならされている。
グラグラと体が揺れて、アルフォンスに支えられた。
(ギルバートが、バンパイアだというの?)
「ルカ! どういうことだ⁉︎」
アルフォンスがルカの襟首をつかんで睨みつけるが、ルカは意に介する様子も無い。
彼は無礼にも主人を振り払うと、アリシアを横抱きに抱き上げ、氷の様な表情で言った。
「ギルバート・イェーガーは私の息子です」



