少年吸血鬼はハンターの未亡人に愛を捧げる

決してヴェネディクトへの愛が無くなったわけではなかったが、アルフォンスの側にいると、この少年への感情が抑えがたくあふれてくる。

「アルフォンス様、墓所にナタリア様を案内されたのですか?」

「それがどうした?」

「ナタリア様『満月を飛び越えて』の草稿はご覧になられましたか?」

「え、ええ」

ルカは主人であるアルフォンスとナタリアをじっくりと見つめて、切り出した。

「満月を飛び越えての草稿には《林檎の木の下、満月はゆるりと笑う》と書かれているんです。出版した際に、檸檬に書き換えたようですね。おそらく、この別荘の檸檬の木を見て」

「そうなのね! あなたはあの草稿を読んだことがあるのね」

アルフォンスは不機嫌な感情に任せるようにルカを睨みつけ「それで、俺につづりを教える時にその文章を使ったのか?」と訊いた。

「はい、そうです。あの部分は林檎の方が良いと思っていたんですよ」

そこまで聞いて、ナタリアはハッと気が付いた。

「それを、どうしてお義母様が知っているの⁉︎」

ナタリアは、それがこの話の核心ではないかと思い、縋るようにルカを見た。

窓の外では、叩きつけるように雨が降り続いている。

「ルカ、説明しろ! お前は一体何を知っているんだ? ナタリアとは何か関係があるのか⁉︎」

アルフォンスが感情的にルカに詰め寄った。

「⋯あの満月の日、ナタリア様がこの屋敷にいらっしゃらなければ、私はただ全てを傍観するつもりでいました。人ならざる者になった私は、人の世と隔絶して生きるのが願いだったのですから。ですが、ナタリア様はここに来てアルフォンス様に出会ってしまった。私は先代の御当主様より、アルフォンス様を見守るよう命を受けております」

「ああ、確かに、そうだな」

アルフォンスが肯定するとルカは恭しく頷いた。

「ですがナタリア様がいらっしゃった⋯⋯そしてアルフォンス様と出会ってしまった」ルカが繰り返した。

ルカは窓辺に歩き寄って、まだ遠雷が光る外を見た。

その窓からは、あの檸檬の木と、池が見える。

「ナタリア様は、檸檬の木の下に何があると思いますか? あなたはあの夜それを見に来ましたよね」

「ええ、そうよ。檸檬の木の下にある満月⋯⋯ベスが檸檬の木の下に池があると言ったから見に来たの」

「なるほど」

物憂げに窓枠にもたれるルカをじっと見ていると、ナタリアはこの男が、ひどくよく知っている人物のような気がした。

焦げ茶色の強めの巻き毛、力強い眉骨⋯⋯がっしりと張った、頼り甲斐のありそうな肩幅⋯⋯アルフォンスとは、真逆である。

ヴェネディクトとも真逆。

それでいてひどく見慣れない、穏やかで優しげな表情……。

ふっと誰かの面影がルカの上によぎり、ナタリアはハッと口を開きかけた。

⋯⋯だがその時、突然部屋が真っ暗になった。夜中にランタンがポッと消えてしまったかのように突然にだ。

「えっ」

三人が一斉に窓の外を見ると、窓の外が暗闇に沈んでいる。

さっきまで雷は去りかけ、空は明るんでいたのにだ。

「何なの⁉︎ どうして⋯⋯⁉︎」

ありえない光景に、ナタリアは窓から遠ざかった。

その背中をアルフォンスが抱き止め、守るように腕で囲った。

「バンパイアだ!」