少年吸血鬼はハンターの未亡人に愛を捧げる


車は雨に追われて大急ぎで屋敷に飛び込んだ。

自動車は馬車と違い、坂道も無理なく走り通す。

「間に合ってよかった。大雨で火が消えると、蒸気自動車はどうする事も出来ない鉄の塊になってしまうのでね」

ルカが車庫を閉めながらナタリアとベスに説明して、二人は客間に通された。

家の中は静かだが、最近流行っている画家の絵などが飾られていて、どことなく新しもの好きの気配がする。

(何だか、思っていたバンパイアと随分違うわね)

きょろきょろとあちこちを見回すベスを見て、ナタリアは笑った。

「フォグリア家のお方々だとは知らず、大変失礼いたしました」

ベスが丁寧に謝罪している。アルフォンスが許し、そうしている間にルカがお茶を運んで来た。

「申し訳ございません、雨が強く降りそうでしたのでメイドを帰してまいまして、私がお茶を入れました。お口に会えば良いのですが」

謙遜してルカが言ったが、ベスもナタリアも一口飲んでフウッとため息が出た。

「まあ、素晴らしいですね。こんなに上手にお茶をお入れになるなんて!」

ベスはすっかり気を許した様子でお茶を楽しんでいる。

ナタリアは傍らに積まれた新聞をめくり、ここ半年ほどの港湾で働く労働者と娼婦達の行方不明、不審死の多さを取り上げた記事を、嫌な気持ちで読んでいた。

「ナタリア、もう少し雨が降りそうだがどうする? 別荘へ遣いをやって迎えに来てもらうのもいいが、あんたが興味を持ちそうなものがある」

アルフォンスがそう言ったのに「えっ」と不審げな声をあげたのはベスである。

「そういえばナタリア様、こちらのおぼっちゃまとは、いつお知り合いに?」

「ああ⋯⋯ええと、散歩していて知り合ったの」

ナタリアはとりあえず嘘ではない説明をした。

「ベス、ちょっと見せてもらって来るわね」

「ナタリア様、あまり軽率な行動は慎んでくださいね」

ベスの渋い忠告を聞き流しながら、ナタリアはアルフォンスに付いて行った。

アルフォンスに連れて行かれたのは立派な年代物の書斎だった。

他の場所が新しいデザインで装飾されているのに比べると、この部屋はまるでナタリアの祖母の部屋のようだった。

「ここは書斎ね。どなたの?」

「母のものだ」

アルフォンスが本棚を重たいドアのように開いた。

「隠し扉、素敵ね! 奥には何が?」

奥に入るとすぐに螺旋階段が現れた。

「バンパイアらしいだろう?」

「ええ、ええ、とっても! でも私がこんな場所を見ていいの?」

ナタリアは物語の憧れが形になったような暗がりに胸が躍り、いそいそとアルフォンスの後を付いて行った。

二階分ほど降り、たどり着いたのは⋯⋯なんとも恐ろしいような、美しいような場所だった。

カンテラの明かりのほかは、はるか頭上の明かり取りの窓から差し込む外光のみ。

地下室には、十数基の棺桶が並んでいた。

「これは!」

手前の一基に近づくと、そこには花がひと枝添えてある。

「この花⋯⋯」

それは先日ナタリアが手折った林檎の花だった。

「ここには母が眠っている」

「お母様、亡くなられたのね?」

「いいや、ただ眠っているだけだ。両親はバンパイアとして完成している」

「それは⋯⋯」

バンパイアとして完成している……それは今までに人の命を喰って生きて来たと言うことだ。

そう思うと、ここにある棺桶の列はひどく恐ろしいものに感じられた。

「バンパイアは長命だ。父と母は、自分達が居ては俺が人の世に混じって生きられないと思ったんだ。二人は⋯いや、ここに眠る者達は数が多いものに混じって、血を繋いでいく生き方を選んだんだ。ただ自分達はそこに居られない⋯だからここで眠っている。おそらく、目覚めることは無いだろう。彼らがここで眠ることが一族が生きることなんだ」

アルフォンスは墓所を見渡した。

本来バンパイアに墓は不要のはずだ。真の吸血鬼は、死ねば灰になって散るのだから。

この棺に眠る者はアルフォンスのために生きながら死者となったのだ。

「アルフォンス⋯⋯寂しいのね」

「ああ」

アルフォンスの横顔は頼りなげで美しかった。

ナタリアはアルフォンスにそっと口付けた。

彼は本当に若い少年のように、畏れながらも唇を奪い返して来た。

唇の内側に舌が侵入して来ないことを物足りなく感じながらも「ナタリア⋯⋯」と熱い声で呼ばれると、ぼうっと頭の芯が痺れ何も考えられなくなる。

「アルフォンス、あなたは本当に普通の少年のようね。私が思っていたバンパイアとは全然違うわ」

「そうなのか⋯⋯?」

「ええ⋯⋯ねえアルフォンス、私イェーガー家を出るの」

「ああ、その方がいい。そうして欲しい」

少年は、もっと何か言いたげにナタリアを見つめたが「もう行きましょうか、ベスが心配するわ」ナタリアがそう言うと子供のように頷いた。