「内通者ですって?」
(イェーガー家に仕える者はほとんどがハンターかその親族だと聞いているわ。それなのにバンパイアを家に入れたということなの?)
例えバンパイアでなくとも、深夜の家にそっと男を入れるなどありえないことだ。
「いったい誰が⁉︎」ナタリアはうわずった声で叫ぶように言った。
「心当たりはないのか?あの日家に居た人物だ」
「心当たりといっても⋯⋯どんな人物が怪しいの? 私はヴェネディクトが死ぬまで、イェーガー家がハンターだということさえ知らなかったのよ!」
「どんな人物⋯⋯ナタリア、あの男は全く知らない人物なんだな?」
「ええ、暗かったけど知らない人よ。磯の匂いがしたから、湾岸労働者や漁師じゃないかと思うわ」
「⋯⋯」アルフォンスは考えがまとまらないようで、落ち着きのない仕草で部屋の中をウロウロと歩き回った。
「アルフォンス、私が信用出来ないから何も言えないの?」
「⋯⋯いや、そんなことじゃないんだ。ナタリアは何も知らないから、教えていいものかと思ってるんだ。教えることであんたが危険な事に首を突っ込むんじゃないかと思うと⋯⋯」
「心配してくれて、ありがとう。すごく嬉しいわ。でも私はもう危ない目に遭っているもの。あの男がどうして私を狙ったのかはわからないけど、少なくとも屋敷内の誰かが私を邪魔に思ったか、バンパイアの食料にしても差し支えないと思ったのは間違いないわ。その人物はきっと今もここにいるはずよ」
ナタリアがそういうとアルフォンスも覚悟を決めたようで、ナタリアに向き合った。
「確かにそうだな⋯⋯あの男は多分、元々犯罪者か精神に異常のある者だ。そしてすでに誰かをバンパイアとして殺したことがある」
「どうしてわかるの?」
「バンパイアは純血の者以外は人を殺すまではダンピールと呼ばれる」
「えっ? ダンピールって人間とバンパイアの間に生まれたハーフのことじゃないの?」
ナタリアは今までに読んできたバンパイアの小説を思い出して言った。
「ああ、ハーフもそう呼ばれるな。だが本来はもっと広い範囲の者を指す。そして、人の血を飲んで殺すと完全なバンパイアに変化する。千年ほど生きて死ぬと灰になる。あの男は死んだ後消えてしまったから、すでに誰かを喰っている」
「ええ、次の日に何の痕跡も残っていなかったわ」
ナタリアは翌日陽が高くなって見た部屋を思い出して言った。
「そしてバンパイアだからと言って、誰彼なく人の家に侵入して食事して回る事はまずない。ナタリアだって、知らない人間の家に入り込んで夕食の皿からパンを掴んで食べたりしないだろう?」
「ええそうね。確かに」
「バンパイアと人間はかなり似た精神構造を持っているし、人のタブーとバンパイアのタブーはほとんど同じと言える。おそらくあの男は普段からあちこちに侵入して色々な欲望を満たしていたはずだ」
それを訊いたナタリアは自身に覆い被さって来た男の生臭い息を思い出してゾッとした。
「⋯⋯あなたが助けに来てくれなければ⋯⋯」
あの男が死んだ事で、これから先に被害に遭うはずだった誰かが助かったのだと思うとひどく心が安らいだ。
ナタリアはアルフォンスがあの男を殺してしまった事を気に病んでいたのだ。
「あの男が、ヴェネディクトを?」
「いや、おそらく違うだろう。あの男に血を与えて眷属にした“親”がいる。そいつがナタリアを襲わせたんだろう。ナタリアの夫ヴェネディクトを襲ったのも奴の“親”の仕業だろう。
バンパイアは基本的に知人を狙う。より親しい人間や自分に好意を持つ人間を狙う⋯油断した相手の方が狙いやすいからだが⋯⋯。
だからあの男が港から離れたこの家までやって来て、見ず知らずのナタリアを選んで襲うのは考えづらいし、ナタリアの夫があの労働者と親しい知人だというのも考えづらい」
「そうだったのね⋯⋯」
「血が上のバンパイアは、下位の者に精神的優位に立つことが出来る。幼い子供にとっての親のようにある程度言うことを聞かせることが出来るんだ。
あのように凶暴な人間ならば、より簡単にコントロール出来ただろう。そして家の中にいる人間が内側から招けば、バンパイア避けのかかった場所でも、入ることが出来る」
「それで内通者ということね」
「ああ。その内通者はおそらくバンパイアに《魅了》されているか、バンパイア本人だ。その人物が内側からあの男を引き入れたんだ」
バンパイアの《魅了》は物語にもよく出てくる。バンパイアに夢中になった人間は、何でも言うことを聞いてしまうのだ。
本当にそんな事が出来るのかと思うと同時に、アルフォオンスに容易く心を許している自分は、もしかしてもうアルフォンスの《魅了》の術にかけられているのかもしれないと思った。
「イェーガー家に出入りする人間がバンパイアになっているなんてちょっと考えられないわ。そうなると、イェーガー家を狙って滅ぼそうとしているバンパイアがいるという事なのね?」
ナタリアが質問するとアルフォンスは少しの間考えていたが「ああ、多分そうだと思う⋯⋯」と控えめな表現で同意した。
「何か気にかかることでもあるの?」
「ああ。バンパイアの一族は今、数を減らしている。より人間のように暮らし人に紛れようとしている。一族⋯⋯いや、種族の存続のためにだ。それなのに、わざわざこんな騒ぎを起こすだろうかと思うんだ。あんな品のない男を一族に引き入れるような醜いマネをしてまで、と⋯⋯」
「あなたの意見は理解できるわ。でも人を食糧の一種とみなす種族の考えは完全に共感できないかもしれないわね」
ナタリアがそういうとアルフォンスは少なからず傷ついたような表情になった。
「俺から教えられるのはこれくらいだ。あんたの方はどうなんだ?誰が怪しいんだ?」
そう言ったアルフォンスの顔を、ナタリアはまじまじと見つめた。
どうしても答えて欲しい事があったのだ。
「ねえ、どうしてあなたは私を助けてくれるの? あの夜私が死んでしまっても、あなたには何の支障もなかったと思うわ。誰が内通者で誰が怪しいかも、あなたにとってどうでもいいことよね」
ナタリアの質問にアルフォンスはたじろいで返事に詰まっている。
「それは⋯⋯その⋯⋯さっき言ったが、我々は人と同じような精神構造を持っている。目の前で無辜の知人が殺されようとしているのを、気安く見逃す事はできない⋯⋯」
やっと出てきた答えにナタリアは驚いて声を上げた。
「親切心ということね!」
「まあ、そのようなものだ。それよりも誰か怪しい人物はいるのか?」
話を戻されてナタリアはハッとした。
ヴェネディクトにもよく『君の話は脱線しすぎる』と言われていたものだ。
「いいえ⋯見当もつかないわ」
夫を思い出してまた悲しみが蘇ったナタリアはフゥッとため息をついてソファに座り込んだ。
「何だ、疲れてるな」
アルフォンスがナタリアの顔を覗き込んできた。その距離はひどく近かった。
「そうね、ずっとこの家に居たからかしらね。でもエリーゼよりはいいわね。彼女はここから動く事ができないんですもの」
ナタリアがそういうと、少年のバンパイアは、名案を思いついた! というような明るい表情になって言った。
「そうか、じゃあエリーゼは無理だが、あんただけでも気晴らしに連れて行ってやろうか?」
「えっ?」



