「そうなの! お父様も吸血鬼なのね。お母様も? ごきょうだいも、みんな吸血鬼?」
身を乗り出して質問をするナタリアに、アルフォンスの上体が仰け反る。
「そうだ。我々は、普遍的な生き物でありながら、普遍的な神秘でもある⋯⋯そんなふうに聞いている」
「ねえ、食事は血だけ? 家族と一緒に住んでいるの?どんな話をするの?」
「いや、人間の食べ物でも、生きていける」
「⋯⋯じゃあどうして血を吸うの?」
「本来我々は吸血の生き物だ。ただ、いつの頃からか数の多い者たち⋯⋯人間たちに順応し始めたと聞いている。血を飲むと、吸血鬼として完成されるが、それをやめて、人の世界に交じって生きるよう、自らが変わっていった」
そう聞いて、ナタリアはハッと現実に戻った。
「私の夫は、吸血鬼に殺されたの」
「ああ、そのようだな」
「私、もしもその場に居合わせなかったら、信じなかったと思うわ」
ナタリアが言うと、アルフォンスは驚いたように目を見開いた。
「見たのか、バンパイアを! ヴェネディクトが⋯⋯」
アルフォンスは最後までは言わなかった。
ナタリアは頷く。
「なんてことだ⋯⋯辛かったな」
アルフォンスが優しく言ったので、ナタリア涙が出そうになった。
(親族の、しかもヴェネディクトの兄であるギルバートが、あんなに冷たいのに、非情な化け物だと言われているバンパイアが、こんなにも優しいなんて)
「あの日彼は黒い霧に包まれて、目の前で⋯⋯。ヴェネディクトの体は蝋のようだったわ」
「そうか⋯⋯そのバンパイアを見つけたら刺すのか?そのためにナイフを持ち歩いているのだろう?」
「どうかしら、分からないわ。刺させないかもしれないわ。ナイフはただ彼の形見だから持っているだけよ」
「あんたには血は似合わない」
アルフォンスからそう言われたナタリアはくすりと笑った。
「血の似合う女なんているの?」
「ああ、いるな。一族の者は血の似合うものだ⋯⋯」
そう言ったアルフォンスは、苦しげだった。
ナタリアは、そんな少年をじっと見つめた。
「どうしたんだ」
「ヴェネはなぜ死んだのかしら。あなたが血を吸わないように、ヴェネもハンターじゃなかったのに」
「イエーガー家はハンターとして有名だ。どこかの流れ者のバンパイアが恨んで殺害した可能性もある。昨夜あんたが襲われたみたいにな」
「バンパイア同士にはつながりはないのね?」
「無いな。ナタリアだってすべての親族と付き合うことはないだろう? それにバンパイア同士の縄張り争いで戦争状態になったこともある。
だからフォグリア家の屋敷には限られた者しか入れないんだ。この家にも同じような仕組みがある。ベランダには入れるが扉の中には入れない」
そう聞いたナタリアは、何か強い違和感を感じた。
「そうなの? あなたは入っているわ。昨夜も助けてくれた」
「招かれれば入れるんだ。招かれざる者は入れないんだ。俺はアンタが入れてくれたから入れた」
「まあ、そうだったのね。私、実はずっと待っていたの窓からバンパイアが忍び込んでくるのを」
ナタリアの発言にアルフォンスはあからさまに呆れた表情を見せた。
「何だそれは! おかしいんじゃないか?」
「この本」と、ナタリアはカバーの外れた本と祖母の形見の本を両方掲げた。
「満月を飛び越えて⋯この本を子どもの頃から愛読していて、中にそんなシーンがあるの。私の部屋の窓からも夜霧になって吸血鬼が忍び込んでくるかもしれないなんて⋯⋯そんな夢想をしていたわ。子供の頃、霧の深い夜には窓をそっと開けていたものよ」
楽しげに喋っていたナタリアだったが、どこか深い場所を覗き込むように虚な視線を床に落とした。
「でも吸血鬼が実在のものとして自身の前に現れた時⋯⋯ヴェネディクトは吸血鬼に殺された」
俯くナタリアの耳に、アルフォンスの声が届く。
「その本に書かれている檸檬の木と、うちの檸檬の木は確かに似ているな」
ナタリアは沈み込みそうになる思考を振り払い、わざと明るい表情を浮かべる。
「でしょう? バンパイアハンターの一族とバンパイアの館、本の中のマーキング、夫が気に入っていた別荘の近くにある檸檬の木と池。更にあなたとルカが知っている言葉をお義母様が書いたなんて偶然かしら? いいえ、ヴェネディクトが意味もなく印をつけたとは思えないの。明日お義母様に詳しい話を聞くつもりよ。そしてもう一度あの檸檬の木のところにも行こうと思っているわ」
「檸檬の木は俺が代わりに見てやる。あんたは別荘で待っていろ」
「嫌よ」ナタリアが即答した。
「嫌⁉︎」
思いがけない返事だったのか、アルフォンスはあっけにとられた表情を浮かべた。そうすると年相応の年下の少年に見えた。
「あなたがダメだって言っても私フォグリア家の庭に行くわ」
数秒の見つめ合いの末、先に折れたのはアルフォンスだった。
「⋯⋯はあ、仕方ない。俺もなぜルカが林檎の木の一節を俺に教えたのか気になるしな」
「アルフォンス様がその文章を習ったのは十年から十三年ほど前よね」
「ああ、おそらくな。不思議なフレーズだから印象に残っていて覚えていたんだ」
「わかったわ、ありがとう」
ナタリアはアルフォンスの瞳をまっすぐ見つめた。
「今日はどうしてここにきたの? 私に会いに?」
アルフォンスはナタリアから視線を逸らした。
わざわざ危険を冒してバンパイアであるアルフォンスが、ハンターであるイェーガー家にやって来るのはおかしな話だった。
ナタリアはヴェネディクトが死んでしまってから、初めて心から楽しさを感じていた。
「アルフォンス様、もう傷は治ったの?」
「ああ」そう言ったアルフォンスの瞳にチラチラと赤い光が明滅した。
「あんたの血のおかげだ」
「そう、良かったわ」ナタリアが微笑むとアルフォンスはむっとした顔で彼女を睨んだ。
「ねえ、檸檬の木のこと、なにか分かったら教えてくれる?」
ナタリアが聞くとアルフォンスは少し考えていたが「さあな」と言った。
「じゃあ、なにか分かったのか聞きに行くわフォグリア家の別荘まで」
ナタリアの言葉にアルフォンスは呆れたような表情をしたが、すっと白い手でナタリアの茶色い髪を梳くとチュっと口づけ上目遣いでナタリアを見た。
「俺のことをアルフォンス様と言うのをやめたら教えてやらないでもない」
虚を突かれた形のナタリアが上手い返事を思いつくより早く、アルフォンスは再び黒い霧に姿を変え、風で流されるように姿を消した。
去り際に小さく「又来る」という一言を残して。
身を乗り出して質問をするナタリアに、アルフォンスの上体が仰け反る。
「そうだ。我々は、普遍的な生き物でありながら、普遍的な神秘でもある⋯⋯そんなふうに聞いている」
「ねえ、食事は血だけ? 家族と一緒に住んでいるの?どんな話をするの?」
「いや、人間の食べ物でも、生きていける」
「⋯⋯じゃあどうして血を吸うの?」
「本来我々は吸血の生き物だ。ただ、いつの頃からか数の多い者たち⋯⋯人間たちに順応し始めたと聞いている。血を飲むと、吸血鬼として完成されるが、それをやめて、人の世界に交じって生きるよう、自らが変わっていった」
そう聞いて、ナタリアはハッと現実に戻った。
「私の夫は、吸血鬼に殺されたの」
「ああ、そのようだな」
「私、もしもその場に居合わせなかったら、信じなかったと思うわ」
ナタリアが言うと、アルフォンスは驚いたように目を見開いた。
「見たのか、バンパイアを! ヴェネディクトが⋯⋯」
アルフォンスは最後までは言わなかった。
ナタリアは頷く。
「なんてことだ⋯⋯辛かったな」
アルフォンスが優しく言ったので、ナタリア涙が出そうになった。
(親族の、しかもヴェネディクトの兄であるギルバートが、あんなに冷たいのに、非情な化け物だと言われているバンパイアが、こんなにも優しいなんて)
「あの日彼は黒い霧に包まれて、目の前で⋯⋯。ヴェネディクトの体は蝋のようだったわ」
「そうか⋯⋯そのバンパイアを見つけたら刺すのか?そのためにナイフを持ち歩いているのだろう?」
「どうかしら、分からないわ。刺させないかもしれないわ。ナイフはただ彼の形見だから持っているだけよ」
「あんたには血は似合わない」
アルフォンスからそう言われたナタリアはくすりと笑った。
「血の似合う女なんているの?」
「ああ、いるな。一族の者は血の似合うものだ⋯⋯」
そう言ったアルフォンスは、苦しげだった。
ナタリアは、そんな少年をじっと見つめた。
「どうしたんだ」
「ヴェネはなぜ死んだのかしら。あなたが血を吸わないように、ヴェネもハンターじゃなかったのに」
「イエーガー家はハンターとして有名だ。どこかの流れ者のバンパイアが恨んで殺害した可能性もある。昨夜あんたが襲われたみたいにな」
「バンパイア同士にはつながりはないのね?」
「無いな。ナタリアだってすべての親族と付き合うことはないだろう? それにバンパイア同士の縄張り争いで戦争状態になったこともある。
だからフォグリア家の屋敷には限られた者しか入れないんだ。この家にも同じような仕組みがある。ベランダには入れるが扉の中には入れない」
そう聞いたナタリアは、何か強い違和感を感じた。
「そうなの? あなたは入っているわ。昨夜も助けてくれた」
「招かれれば入れるんだ。招かれざる者は入れないんだ。俺はアンタが入れてくれたから入れた」
「まあ、そうだったのね。私、実はずっと待っていたの窓からバンパイアが忍び込んでくるのを」
ナタリアの発言にアルフォンスはあからさまに呆れた表情を見せた。
「何だそれは! おかしいんじゃないか?」
「この本」と、ナタリアはカバーの外れた本と祖母の形見の本を両方掲げた。
「満月を飛び越えて⋯この本を子どもの頃から愛読していて、中にそんなシーンがあるの。私の部屋の窓からも夜霧になって吸血鬼が忍び込んでくるかもしれないなんて⋯⋯そんな夢想をしていたわ。子供の頃、霧の深い夜には窓をそっと開けていたものよ」
楽しげに喋っていたナタリアだったが、どこか深い場所を覗き込むように虚な視線を床に落とした。
「でも吸血鬼が実在のものとして自身の前に現れた時⋯⋯ヴェネディクトは吸血鬼に殺された」
俯くナタリアの耳に、アルフォンスの声が届く。
「その本に書かれている檸檬の木と、うちの檸檬の木は確かに似ているな」
ナタリアは沈み込みそうになる思考を振り払い、わざと明るい表情を浮かべる。
「でしょう? バンパイアハンターの一族とバンパイアの館、本の中のマーキング、夫が気に入っていた別荘の近くにある檸檬の木と池。更にあなたとルカが知っている言葉をお義母様が書いたなんて偶然かしら? いいえ、ヴェネディクトが意味もなく印をつけたとは思えないの。明日お義母様に詳しい話を聞くつもりよ。そしてもう一度あの檸檬の木のところにも行こうと思っているわ」
「檸檬の木は俺が代わりに見てやる。あんたは別荘で待っていろ」
「嫌よ」ナタリアが即答した。
「嫌⁉︎」
思いがけない返事だったのか、アルフォンスはあっけにとられた表情を浮かべた。そうすると年相応の年下の少年に見えた。
「あなたがダメだって言っても私フォグリア家の庭に行くわ」
数秒の見つめ合いの末、先に折れたのはアルフォンスだった。
「⋯⋯はあ、仕方ない。俺もなぜルカが林檎の木の一節を俺に教えたのか気になるしな」
「アルフォンス様がその文章を習ったのは十年から十三年ほど前よね」
「ああ、おそらくな。不思議なフレーズだから印象に残っていて覚えていたんだ」
「わかったわ、ありがとう」
ナタリアはアルフォンスの瞳をまっすぐ見つめた。
「今日はどうしてここにきたの? 私に会いに?」
アルフォンスはナタリアから視線を逸らした。
わざわざ危険を冒してバンパイアであるアルフォンスが、ハンターであるイェーガー家にやって来るのはおかしな話だった。
ナタリアはヴェネディクトが死んでしまってから、初めて心から楽しさを感じていた。
「アルフォンス様、もう傷は治ったの?」
「ああ」そう言ったアルフォンスの瞳にチラチラと赤い光が明滅した。
「あんたの血のおかげだ」
「そう、良かったわ」ナタリアが微笑むとアルフォンスはむっとした顔で彼女を睨んだ。
「ねえ、檸檬の木のこと、なにか分かったら教えてくれる?」
ナタリアが聞くとアルフォンスは少し考えていたが「さあな」と言った。
「じゃあ、なにか分かったのか聞きに行くわフォグリア家の別荘まで」
ナタリアの言葉にアルフォンスは呆れたような表情をしたが、すっと白い手でナタリアの茶色い髪を梳くとチュっと口づけ上目遣いでナタリアを見た。
「俺のことをアルフォンス様と言うのをやめたら教えてやらないでもない」
虚を突かれた形のナタリアが上手い返事を思いつくより早く、アルフォンスは再び黒い霧に姿を変え、風で流されるように姿を消した。
去り際に小さく「又来る」という一言を残して。



