遅かれ、早かれ、恋になりまして。




資料の「意思決定層」という文字を見た瞬間、昨日の会議室がよぎる。

静かにこちらを見る目。一言ごとに空気を変えてくる質問。

……違う。今は考えなくていい。


マウスを動かしてウィンドウを切り替える。別の案件のチャットが開かれる。社内のやり取り、修正依頼、確認事項。それを一つずつ処理していくうちに、少しずつ呼吸が戻ってくる。


「明石さん、午後の打ち合わせ資料ってもう出てます?」


八木くんの声に「今まとめてる」と返す。そのやり取りでようやく、いつもの自分に戻っていく感覚があった。

……戻ってるはずなのに。

私は小さく息を吐いて、画面に視線を集中させた。仕事は進んでいる。何も問題はない。

ただ少しだけ、集中の端に残像がある。


「そこ、少しだけトーン落としてもいいかもしれないな」


不意に声が落ちてきて、反射的に顔を上げると、高瀬課長が資料を覗き込むように立っている。


「ターゲット層に対して、少し真面目すぎる印象が出てる」


そう言ってから、課長は軽く笑う。