遅かれ、早かれ、恋になりまして。




会社に着いた瞬間、空気が切り替わるのが分かった。

電車の揺れの残りみたいな感覚が、エレベーターに乗ったところで完全に途切れる。いつもの音。タイピング、電話、短い会話、プリンターの動作音。


「おはようございます」


すれ違う社員に軽く頭を下げながら、自分のデスクへ向かう。

PCを立ち上げて、メールを確認する。

案件一覧、進行中のタスク、今日の予定。
どれもいつも通りなのに、視線だけが一瞬遅れる。

別に、気にするようなことじゃない。
そう思っているのに、ふとしたタイミングで朝の電車が挟まってくる。

AirPodsを渡すときの、有馬さんの声。
「また仕事で」と言ったときの距離感。


……いや、仕事中だ。

私は軽く首を振って、画面に集中し直す。

午前の最初のタスクは、昨日の会議内容の整理だった。
NEXERA株式会社との提案内容、修正点、追加資料の作成方針。

キーボードを叩きながら、頭の中で流れを整理していく。

ターゲット層の根拠データ補強。導入後の成果指標の具体化。クリエイティブの誤認リスク対策。

淡々とした作業。いつも通りの仕事。

なのに、一瞬だけ手が止まる。