目が合ったらどうしよう、なんて思うくせに、どこかで少し期待している自分もいる。
だけど彼は変わらず窓の外を見ていて、こちらになんて興味がなさそうだった。それが少し寂しくて、でも同時に安心もする。
こんなかっこいい人の視界に入るなんて、なんだか恐れ多い。もしじっと見られたりしたら、たぶん恥ずかしくて耐えられない。
メイクも髪も完璧にセットできていたらまだよかったかもしれない。でも現実は、遅刻寸前で駅を全力疾走。ヒールで転びそうになりながら駆け込み乗車して、息を切らして、汗までかいている。
絶対今の私、ボロボロだ。あぁ、ほんと恥ずかしい。
そんなことを考えるたび、いたたまれなくなって、私はまた無意味に前髪を触った。鏡もないのに整えたところで変わらないのに、落ち着かなくてつい指先で髪を直してしまう。
電車が揺れるたび、吊り革が小さく揺れて、車内アナウンスが次の駅を告げる。
『次は――』
もうすぐ降りる駅だ。あっという間の15分。
プシューッ、と空気の抜ける音を立てて扉が開く。
降りる直前、なんとなくもう一度だけ振り返りたくなった。
でも、そんなの変かな、と迷ってしまって、一瞬だけ足が止まる。
……いや、別にいいか。どうせもう会わないんだし。
そう思いながら、私はそっと後ろを振り返った。閉まりかける扉の向こう。彼は変わらずドア横に寄りかかりながら、窓の外を見ていた。
私は肩にかけたバッグを持ち直し、小さく息を吐く。
――今日も、頑張ろう。
心の中でそう呟いて、改札へ向かって歩き出す。
背後では、電車がゆっくりと走り去っていく音がした。
もう会うことはないだろうけど、朝から少しだけ得した気分。



