一言も言葉を交わさないまま、電車は静かに揺れていた。
レールの規則的な音だけが一定のリズムで耳に響く。車内には朝特有の空気が流れていた。
眠そうにスマホを見ている人、吊り革に掴まりながら目を閉じている人、小さく欠伸を噛み殺す人。
その中で、私だけが妙に落ち着かなかった。
少し視線を上げるだけで、有馬さんが目に入るからだ。
目の前に立つスーツ姿。綺麗に締められたネクタイ。
シンプルなネクタイピン。
無駄のない立ち姿。
電車が揺れてもほとんど体勢を崩さないところまで、なんだか様になっている。
視線を少し横へずらせば、有馬さんの横顔が見えた。高い鼻筋。伏せられた睫毛。朝の淡い光に照らされた輪郭が、妙に綺麗で、思わず見惚れてしまう。
……綺麗。男の人に使う表現じゃないかもしれないのに、有馬さんには不思議なくらい似合う。見れば見るほど、視線を外せなくなる。
するとその瞬間、有馬さんがふとこちらを見た。
ばち、と目が合う。
心臓が大きく跳ねる。私は反射的に視線を逸らした。あまりにもわざとらしく。
……だめだ、本当に。何してるの、私。
恥ずかしさで耳まで熱くなる。きっと今、顔も赤い。気づかれていないといいけれど。
私は窓の外を見るふりをしながら、小さく息を吐いた。でも、有馬さんは特に何も言わない。ただ静かなまま、また前を向いている。その反応に少しだけ安心して、少しだけ残念だと思ってしまう自分がいて困った。



