遅かれ、早かれ、恋になりまして。




『次は――』


アナウンスが流れ、電車がゆっくり減速する。

扉が開くと、一気に人が降りていった。その流れで、車内の空気が少し軽くなる。空いた席がいくつか見えた。

……座りたい。正直、かなり座りたい。昨日の靴擦れはまだ痛むし、立ちっぱなしは地味につらい。でも、有馬さんが立っている前で、自分だけ座るなんて図々しい気がした。

有馬さんの会社のほうが私より遠い。だから余計に、そんなことできない。


私は視線を逸らして、何も見なかったふりをした。


……気まずい。話すこともない。沈黙が嫌なわけじゃないのに、隣にいるのが有馬さんだと思うだけで妙に意識してしまう。どうしよう。何か話したほうがいい?でも急に話しかけたら変かな。


そんなことを考えて、結局何もできないまま俯く。そのときだった。


「明石さん」


不意に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。慌てて顔を上げる。


「座ってください」

「……え?」


意味を理解するより先に、有馬さんが自然にこちらへ手を伸ばしてきた。そして、何でもないことみたいに私の手を取る。

触れられた瞬間、頭が真っ白になった。

大きくて、少しひんやりした手。指先が軽く触れただけなのに、そこから熱が広がるみたいに身体が一気に熱くなる。

有馬さんはそんな私の動揺なんて気づいていないみたいに、そのまま空いた席の前まで私を誘導した。