ドクン、ドクン、と心臓がうるさい。自分でも笑ってしまうくらい緊張している。ただAirPodsを返してもらうだけ。それなのに、まるで初めての待ち合わせみたいな気持ちになっている自分が信じられなかった。
私は一瞬俯いて、小さく息を吸う。
そして意を決して顔を上げた。
すると、私が乗り込んだ向かい側の扉の前に、有馬さんが立っていた。
目が合った瞬間、心臓がまた大きく跳ねる。今日は比較的車内が空いている。いつもより人が少ないせいか、彼の姿はすぐに見つかった。
有馬さんは私に気づくと、耳につけていたAirPodsを静かに外し、ケースの中へしまう。
「おはようございます」
低く落ち着いた声。昨日ロビーで聞いた声とも、会議室で聞いた営業用の声とも少し違う。朝の静かな空気に溶けるような、柔らかい声だった。
「お、おはようございます」
返事をした自分の声が少しだけ硬い。でも有馬さんは気にした様子もなく、小さく頷いた。私はそこで改めて彼の姿を見る。
……あ。今日の有馬さんは、昨日と少し違う。
昨日、一昨日ときっちり中心で分けられていた前髪が、今日は自然に下ろされている。少しだけ目にかかるその髪型のせいで、昨日より柔らかい雰囲気に見えた。
なのに、ちゃんと整っている。寝癖ひとつなく、無造作に見えて計算されているみたいで、余計に目を引く。綺麗だ、と思った。かっこいい、というより先に、その言葉が浮かぶ。この人はやっぱり、“綺麗”という表現が似合う。
朝の淡い光の中に立っているだけで絵になってしまうなんて、ずるい。思わず見惚れてしまって、私は慌てて視線を逸らした。



