玄関のドアを開けると、朝の少し冷たい空気が頬に触れる。駅までの道を歩きながら、私は何度も「別に普通のこと」と頭の中で繰り返した。
ただAirPodsを返してもらうだけ。ただそれだけ。
なのに、心臓は全然納得してくれない。
5分ほど歩いて駅へ着き、改札を抜ける。そこでふと時計を見て、私は小さく目を見開いた。
……早い。いつもより2分も早く着いている。無意識に早歩きになっていたらしい。その事実に気づいた瞬間、急に恥ずかしくなった。
私、どれだけ意識してるの。
自分で自分に呆れそうになる。でも足は止まらないまま、私はそのままホームへ向かった。
朝のホームには、いつも通り人が並んでいる。眠たそうにスマホを見ている人。コーヒーを片手に立っている人。イヤホンをつけてぼんやり前を向く人。その中に紛れ込みながら、私は静かに深呼吸をした。
なんでこんなに緊張してるんだろう。ただ会えたら、AirPodsを受け取るだけなのに。昨日だって普通に話したはずなのに。
なのに今は、電車がホームへ入ってくる音が聞こえるたびに心臓が跳ねる。
時間になって、電車がホームへ滑り込んでくる。
ブレーキの音と同時に風が吹き抜け、長い車体が目の前で止まった。開いた扉の向こうから、人が降りてくる。その流れを避けながら、私はゆっくり車内へ足を踏み入れた。



