ロビーで待つこと5分。
時計の針が10時ぴったりを指したその時、自動ドアが静かに開いた。
スーツ姿の男性が2人、その後ろに女性が1人。
私は反射的に姿勢を正す。前を歩いているガタイのいい男性が、今回のトップだろうか。堂々とした歩き方で、空気まで一緒に連れてくるみたいな存在感がある。
その後ろを歩いていた、スラッと背の高い男性に何気なく視線を向けた瞬間――。
「…………。」
今度こそ、本当に心臓が止まるかと思った。
思考が、一瞬で真っ白になる。
なんで。どうして。頭の中で言葉だけがぐるぐる回る。
目が合う。その瞬間、彼の表情がほんの少しだけ変わった気がした。驚いたように、わずかに目が見開かれる。
「……あ」
先に声を漏らしたのは、たぶん私だった。
「有馬千春です。本日はよろしくお願いします」
彼はそう言って、一番最初に名刺を差し出した。
無駄のない動きで、少しも迷いがない。その所作だけで、仕事ができる人間だと分かってしまうような、そんな空気だった。
私はその名刺を受け取る手を伸ばしかけて、そこで完全に動きが止まった。
……聞いてない、こんなの。
まだ10時だというのに、今日だけでいくつ衝撃を受けているのか分からない。
一度目は、いつもの電車に彼が乗っていたこと。
二度目は、その満員電車の中で彼の背中に盛大に激突したこと。
三度目は、その結果としてAirPodsが入れ替わっていたこと。
そして四度目が、今だ。
今朝見たばかりの彼が、今度はクライアントとして目の前に立っている。
しかも――NEXERA株式会社の名刺を持って。



