額に張りついた前髪を指先でそっと直しながら、乱れた髪を整えようとして、そこでようやく顔を上げた。その瞬間だった。
私が乗り込んだ扉の、ちょうど向かい側。
ドア横にもたれるように立ちながら、静かに窓の外を眺めている男の人がいた。黒いスーツ。無駄のないシルエット。耳には白いAirPods。
片手はスーツのポケットに半分だけ差し込まれていて、朝の満員電車の中なのに不思議なくらい浮いて見えた。
高すぎない鼻筋。伏せられたまつ毛。少し長めの黒髪が光を受けて透ける。その整った輪郭に、一瞬、息をするのを忘れる。
慌てて手ぐしで前髪を整えて、乱れた呼吸を悟られないように小さく深呼吸する。
落ち着け、私。
そう自分に言い聞かせながら、背中をドアにそっと預ける。けれど、一度気になってしまったらもう駄目だった。視線を向けないようにしようと思えば思うほど、意識が勝手に彼のほうへ向いてしまう。
私は周囲に気づかれないよう、ほんの少しだけ横目で彼を盗み見た。
……綺麗な顔してるなぁ。
かっこいい、というより先に“綺麗”だった。
無表情なのに冷たくはなくて、どこか静かで、近寄りがたいのに目が離せない。スーツ姿もやたら似合っていた。肩幅が広くて、細身のジャケットがすっと身体のラインに沿っている。ネクタイはきっちり締められているのに、堅苦しい感じがしない。
むしろ余裕があるというか、大人っぽいというか。同じ空間にいるだけで空気が違う気がして、私は無意識に背筋を伸ばしてしまう。



