「あ、AirPods」
彼はそう呟くと、その場で自然にしゃがみ込む。つられるように視線を落とすと、床には白いAirPodsが転がっていた。
……2つ。どうやら衝撃で私と彼のAirPodsが片方ずつ落ちてしまったらしい。
「ごめんなさい、ほんとにっ…」
私は半分パニックみたいになりながら謝る。けれど彼は、「いいえ」と短く返しただけで、特に嫌そうな顔もせず、落ちたAirPodsを拾い上げていく。
その仕草がやけに落ち着いていて、余計に自分だけがバタバタしているのが恥ずかしくなる。
彼は拾った片方を私に差し出した。長い指先。綺麗な手だな、なんて、こんな状況なのにどうでもいいことが頭をよぎる。
彼の声がさっきより鮮明に聞こえたのは、AirPodsが外れて音楽が止まったからなのか。
それとも単純に、こんな至近距離で話したからなのか。
私は恐る恐る顔を上げる。
正面から見る彼は、横顔以上に整っていた。長めの前髪は真ん中で自然に分かれていて、伏せられた目元は静かなのにどこか鋭さもある。近くで見ると、想像以上に綺麗な人だった。
「大丈夫ですか?」
もう一度確認するように聞かれて、私は慌てて頷く。
「っあ、はい」
情けない返事。すると彼は「じゃあ」とだけ言って、それ以上何も言わずに歩き出した。
私はその場に取り残されたみたいに立ち尽くす。今起きた出来事を頭の中で整理しようとしても、全然追いつかない。ただボーッと、離れていく彼の背中を目で追ってしまう。
スーツ姿の人混みの中に紛れていくその背中が見えなくなったところで、ようやく私はハッと我に返った。
「やば…!」
慌てて腕時計を見る。次の瞬間には、私はまたヒールを鳴らしながら会社へ向かって走り出していた。



