なんでここに?なんでこの時間?
頭の中で同じ疑問が何度も反響する。今まで一度も時間が被ったことなんてなかったはずなのに。だって昨日は、もっと早い電車に乗っていたはずだ。少なくとも、私の記憶ではそうだった。
それなのに今日は、なんでこんなに近くにいるの。
満員電車特有の息苦しさと、人と人の距離の近さが一気に押し寄せてきて、思考がうまくまとまらない。
私はとっさに通勤カバンを前に抱え込むように持ち替えて、ぎゅっと力を入れた。視線をどこに置けばいいのか分からなくて、とりあえず目の前の彼を視界から外すように俯く。
落ち着いて。落ち着くの、弥生。
心の中で自分に言い聞かせる。これはただの偶然。そう、ただの偶然だ。きっと昨日の私と同じで、何かの拍子に寝坊でもしたのだろう。それだけのこと。そう思おうとしているのに、意識だけがどうしても目の前に引っ張られる。
ちら、と勇気を出して顔を上げると、すぐそこに窓の外を見ている横顔があった。昨日よりもさらに近く感じる距離に、反射的に私は顔をそらした。
心臓が一瞬で跳ね上がるのが分かる。
慌てて視線を逃がすようにして、カバンの中を漁る。小さなポケットに入れていたAirPodsを急いで取り出して耳に押し込むと、音楽が流れ始めた瞬間、自分の心臓の音の方が大きいんじゃないかと思うほどドクドクとうるさく響いた。
音楽は流れているのに、頭の中にはほとんど入ってこない。リズムもメロディも、全部どこか遠くに流れていってしまって、代わりに残るのは目の前の存在だけだった。
視界に入れないようにしているのに、存在だけははっきりそこにあって、それが逆に意識を引き寄せてくる。
呼吸だけを整えようとするけれど、電車の揺れと人の気配と、距離の近さが全部混ざって、落ち着くどころか余計に意識が鋭くなっていく。



