朝、8時11分。
「……っ、やばい、やばいやばいっ……!」
駅のホームに響く電車の到着音に心臓が跳ね上がる。
こんな日に限って、新しく買ったばかりのヒールの高い靴を履いてきてしまった自分を、本気で恨んだ。鏡の前ではあんなに可愛く見えたのに、今となってはただの拷問器具だ。
一歩走るたびに、コツコツと硬い音が床に響いて、足首がぐらつく。痛い。走りづらい。もう転びそう。
今日は朝から絶対に外せない会議が入っていた。
課長からも「遅れるなよー」って念押しされていたのに、昨日の夜、資料の最終確認をしていたら気づけば深夜2時を回っていて、寝不足のままアラームを止めた記憶だけ残して二度寝した結果がこれだ。
いつもより2本早い、12分の電車に乗る予定だったのに。このままじゃ、いつもと同じ時間になってしまう。
ちゃんと余裕を持って家を出て、駅前のカフェでコーヒーでも買って、それから落ち着いて会社へ向かうはずだったのに!
人混みをかき分けるように改札を抜けて、肩が誰かにぶつかりそうになるたびに「すみませんっ」と小さく謝りながら階段を駆け下りる。
視界の先に、今にも扉が閉まりそうな電車を見つけた瞬間、息を吸う暇もなく全速力でホームを蹴った。
「はぁっ、待って……!」
閉まりかけたドアに滑り込むように乗車すると、車内アナウンスが追いかけるように流れる。
『駆け込み乗車は危険ですので、おやめください』
その声に、心の中で何度も「ごめんなさい」と謝りながら、乱れた呼吸を整えようと肩で息をした。
プシュー……と音を立てて扉が閉まり、電車は静かに動き出す。
8時12分。発車時刻ぴったり。
間に合った……。
ほっと力が抜けて、その場で崩れ落ちそうになる。



