あの人が来ると、空気が変わる―正論では、人は動かない―

教室。

休み時間。

「ねえ、見てこれ」

陽菜が、小さなシール帳を広げる。

キラキラしたシールが並んでいる。

「かわいい〜!」

すぐに声が上がる。

数人の女の子たちが集まってくる。

「それ交換したやつ?」

「うん、この前ね」

自然と、輪ができる。

でも――

「それ、いいなぁ」

ひとりの子が言う。

少しだけ、遠慮がちな声。

「でもそれレアじゃない?」

別の子が言う。

「簡単に交換しない方がよくない?」

空気が、少し変わる。

「え…」

陽菜が、少しだけ戸惑う。

「どうする?」

視線が集まる。

「いや、別にいいんじゃない?」

「でもさ、ルール決めたよね?」

――ルール?

そんなの、あったっけ。

でも、

言い返せない。

「じゃあ今回はやめとこ」

誰かが言う。

その一言で、流れが決まる。

「うん、そうだね」

陽菜は、笑ってうなずく。

でも――

心の中は、少しざわついていた。

(なんか、違う)

でも、

何が違うのか分からない。

「次、あっち行こ」

誰かが言う。

輪が、そのまま移動する。

陽菜も、ついていく。

でも、

少しだけ、距離がある気がした。

――仲間外れじゃない。

でも、

なんか、しんどい。

その時だった。

「ちょっといい?」

振り向くと、

あの女性が立っていた。

「……」

もう驚かない。

女性は、さっきの様子を見ていたようだった。

「今のさ」

静かに言う。

「仲良さそうだったね」

「…はい」

陽菜が答える。

でも、少しだけ曇った声。

「楽しかった?」

――え。

言葉が止まる。

「……楽しかったです」

少しだけ間があった。

女性は、その間を見逃さない。

「ほんとに?」

優しく聞く。

陽菜は、少しだけ下を向いた。

「…ちょっと、違うかも」

その一言で、

胸の中のモヤモヤが形になる。

「なんか、合わせてた気がして」

「うん」

女性は、静かにうなずく。

「“仲良し”ってさ」

少しだけ考えるように言う。

「全部同じにすることじゃないよ」

――え?

顔を上げる。

「違ってても、一緒にいられること」

その言葉が、すっと入ってくる。

「さっきの、“やめとこ”って流れ」

少しだけ視線を横に向ける。

「誰が決めたの?」

――。

思い出す。

誰かが言った。

でも、

みんながそれに乗った。

「本当は、どうしたかった?」

陽菜は、少し考える。

そして、

小さく言った。

「…交換したかった」

「じゃあ」

女性はやさしく言う。

「それ、言っていいよ」

「…でも」

「嫌われる?」

ドキッとする。

「…ちょっと」

女性は、少しだけ笑った。

「違ってもいいよ」

一拍置く。

「それで離れるなら、それまで」

静かに言う。

「でも」

まっすぐ見る。

「本音で一緒にいられる方が、楽だよ」

胸の奥が、少し軽くなる。

その時、

さっきの子たちが戻ってくる。

「ねえ、次なにする?」

いつも通りの声。

でも、

少しだけ違う。

陽菜は、シール帳を持ったまま、

少しだけ勇気を出す。

「あのさ」

声が震える。

でも、止めない。

「さっきの、やっぱり交換したい」

一瞬、

空気が止まる。

でも――

「え、いいよ別に」

あっさり返ってきた。

「そんなダメってわけじゃないし」

「欲しいなら交換しよ?」

拍子抜けするくらい、普通だった。

――あれ?

さっきまでの空気は、なんだったんだろう。

女性の方を見る。

もう、姿はなかった。

でも、

さっきよりも少しだけ、

輪の中にちゃんといる感じがした。