あの人が来ると、空気が変わる―正論では、人は動かない―

昼下がり。

スマホの画面を、何度も見返す。

ママ友グループのLINE。

既読はついている。

でも――

返信がない。

(どうしよう…)

美咲は、さっき送ったメッセージをもう一度読み返した。

「もしよかったら、決まったこと簡単でいいので教えてもらえたら嬉しいです」

何回も考えて、やっと送った。

きつくならないように。
嫌な感じにならないように。

でも。

(変に思われたかな…)

(面倒くさいって思われたかも…)

胸の奥がざわつく。

「はぁ…」

スマホを置いても、気になる。

気にしないようにしようとしても、気になる。

その時だった。

「ちょっといい?」

顔を上げる。

そこに、あの女性が立っていた。

「……また来た」

思わず苦笑いがこぼれる。

女性は、スマホをちらっと見る。

「気にしてるね」

「…気にしますよ」

少しだけ拗ねたように言う。

「変に思われたくないし」

「嫌われたくない?」

核心を突かれて、言葉が止まる。

「……はい」

小さくうなずく。

女性は、少しだけ考えるように視線を落とした。

「ねえ」

ゆっくり顔を上げる。

「そのメッセージさ」

スマホを指さす。

「相手を困らせる内容?」

「え?」

思わず聞き返す。

「無理なお願いしてる?」

「…してないと思います」

「責めてる?」

「してないです」

「じゃあ」

一拍おく。

「何がダメなの?」

――あ。

言葉が、出てこない。

「“嫌われるかも”ってさ」

女性は続ける。

「相手の気持ち、想像してるようで、決めつけてること多いよ」

ドキッとする。

「本当はどう思ってるかなんて、分からないでしょ」

「……」

「でも、“嫌われたかも”って思った瞬間に」

少しだけ、優しく言う。

「自分で自分を否定してる」

胸が、ぎゅっとなる。

「ねえ」

女性は、少しだけ笑った。

「“嫌われないこと”と、“ちゃんと伝えること”って」

「どっちが大事?」

すぐには答えられない。

でも――

「……ちゃんと伝えること」

小さく、言葉が出る。

女性は、うなずいた。

「じゃあ、それでいいじゃん」

シンプルだった。

でも、それだけだった。

その時。

スマホが、ピコンと鳴る。

思わず画面を見る。

「ごめん!今見た!あとで送るね😊」

メッセージが届いていた。

――なんだ。

力が抜ける。

勝手に、不安になってただけ。

顔を上げると、

もう女性の姿はなかった。

でも。

さっきまでのざわつきは、消えていた。

スマホを持ち直して、

「ありがとうございます😊」

と、素直に返した。