その瞬間。
ふわり、と。
やわらかな風が吹き抜けた。
まるで、誰かがそっと――
頭を撫でてくれたみたいに。
自分の頭に触れて、数秒。
そこに確かに残る、やわらかな感触。
まるで、あの日と同じように――優しく撫でられたみたいで。
雫は、ゆっくりと目を細めた。
それから、ふっと微笑む。
「……待ってるからね」
静かに、そう呟いた。
「雫ちゃーん!パイ焼いたからみんなで食べましょー!」
村の方から、明るい声が響く。
雫は顔を上げて、くるりと振り返った。
「はーい!今行きまーす!」
大きく声を張って返事をする。
その声は、よく晴れた空みたいに、まっすぐで明るかった。
もう一度だけ、そっと墓標に目をやる。
風がやさしく吹く。
あの日ルカが守ってくれた未来を、私は今生きている。
雫は前を向いた。
そして――
迷いのない足取りで、駆け出していく。
光の中へ。
人の声が響く、あたたかな場所へ。
その背中はもう、振り返らなかった。
fin.



