けれど――
雫の耳には、もうほとんど何も届いていなかった。
ただ、目の前の光景だけが、焼き付いて離れない。
さっきまで、笑っていた人。
名前を呼んでくれた人。
――愛してる、と言ってくれた人。
そのすべてが、たった今、終わった。
「…………あ……」
声にならない音が、喉の奥で掠れる。
体が動かない。
涙も、すぐには出てこなかった。
あまりにも現実が重すぎて、
心が、それを受け止めることを拒んでいるみたいに。
ただ――
フェンスの向こうにある“それ”を見つめたまま、
雫は、微動だにできなかった。
ふらり、と。
自分の足で歩いているのかさえ分からないまま、
雫は前に進んでいた。
興奮に包まれているせいか、誰も止めようとしない。
開きっぱなしになったフェンスの入口を、ゆっくりとくぐる。
一歩、また一歩。
やがて――足元に、それはあった。
転がるようにして落ちている、ルカの頭部。
「……っ……」
震える手で、そっと拾い上げる。
まだ温もりが残っている気がして。
「ルカ.......っ」
それが現実を否定する最後の拠り所みたいで。
胸元に引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。
壊れ物を扱うみたいに、優しく。
離れないように、強く。
傍から見れば――あまりにも異様で、狂気じみた光景。
だが、雫の顔を見た瞬間。
駆け寄ろうとした兵士は、その場で足を止めた。



