走ることは、もうできなかった。
森は静かだった。
ただ、虫の声だけが響く。
遠くで、何かが動く音。
夜の匂いが、濃くなっていく。
ここが危険な場所だということは、教えられていなくても分かった。
それでも、雫は進むしかなかった。
背中に、じっとりと冷たい汗が流れる。
足の裏は、もう感覚が曖昧だ。
何度か転んだ。
そのたびに、土が服に付き、腕や脚に細かな傷が増える。
けれど、雫は気にしなかった。
この程度の痛みなら、毎日のように与えられてきたからだ。
ふと、足が止まる。
目の前に、大きな木があった。
月明かりが、そこだけを淡く照らしている。
雫はそこまで辿り着くと、とうとう力尽きて、座り込んだ。



