夜の森は、息をひそめていた。
枝葉の重なり合う影の奥で、かすかな光が揺れる。
松明だ。
「いたぞ!」
鋭い声が響いた瞬間、静寂は砕け散った。
数人の男たちが森の中へ踏み込んでくる。
農具を削ったような剣、腰に下げた小瓶、首からぶら下げた小さな十字架。
誰もが荒い呼吸をしながら、それでも足を止めなかった。
彼らの視線の先に、ひとりの青年が立っていた。
細身の体躯。
乱れた銀色の髪。
人間と変わらない姿――
ただ一つ、暗闇の中で異様に光る赤い瞳を除いて。
「……吸血鬼だ」
誰かが呟く。
青年は何も言わなかった。
剣を取ることも、逃げることもせず、ただそこに立っている。
一瞬だけ、躊躇いが走った。
近くで見ると、あまりにも普通の、人間の顔だったからだ。
若く、どこか疲れたような目をしていて、獣のような凶暴さはない。
――本当に、殺す必要があるのか。
だがその迷いは、すぐに掻き消された。
「何をしてんだ! 早く!」
背後から怒号が飛ぶ。
「そいつが人の皮を被ってるだけだって、分かってるだろ!」
小瓶の栓が抜かれる音。
次の瞬間、清められた塩水――聖水が宙を舞った。
青年の肩にそれがかかる。
じゅ、と嫌な音がして、白い煙が上がった。
「――っ!」
低く、押し殺した息が漏れる。
それでも青年は、叫ばなかった。
男たちはそれを見て、安堵したように息を吐く。
「ほらな。やっぱり化け物だ」
「迷うなよ。今殺さなきゃ、俺たちが殺されるんだ」
剣が振り上げられる。
青年は、ただ目を伏せた。
逃げない。
抵抗しない。
その姿に、ほんの一瞬だけ誰かの手が止まった。
だが次の瞬間、その手は別の誰かに押される。
――疑うな。
――ためらうな。
――これは正しいことだ。必要なことだ。
そう言い聞かせる声が、森に満ちていく。
赤い瞳が、かすかに揺れた。
まるで、人の痛みを思い出すように。
そして夜は、何事もなかったかのように、再び静まり返った。
枝葉の重なり合う影の奥で、かすかな光が揺れる。
松明だ。
「いたぞ!」
鋭い声が響いた瞬間、静寂は砕け散った。
数人の男たちが森の中へ踏み込んでくる。
農具を削ったような剣、腰に下げた小瓶、首からぶら下げた小さな十字架。
誰もが荒い呼吸をしながら、それでも足を止めなかった。
彼らの視線の先に、ひとりの青年が立っていた。
細身の体躯。
乱れた銀色の髪。
人間と変わらない姿――
ただ一つ、暗闇の中で異様に光る赤い瞳を除いて。
「……吸血鬼だ」
誰かが呟く。
青年は何も言わなかった。
剣を取ることも、逃げることもせず、ただそこに立っている。
一瞬だけ、躊躇いが走った。
近くで見ると、あまりにも普通の、人間の顔だったからだ。
若く、どこか疲れたような目をしていて、獣のような凶暴さはない。
――本当に、殺す必要があるのか。
だがその迷いは、すぐに掻き消された。
「何をしてんだ! 早く!」
背後から怒号が飛ぶ。
「そいつが人の皮を被ってるだけだって、分かってるだろ!」
小瓶の栓が抜かれる音。
次の瞬間、清められた塩水――聖水が宙を舞った。
青年の肩にそれがかかる。
じゅ、と嫌な音がして、白い煙が上がった。
「――っ!」
低く、押し殺した息が漏れる。
それでも青年は、叫ばなかった。
男たちはそれを見て、安堵したように息を吐く。
「ほらな。やっぱり化け物だ」
「迷うなよ。今殺さなきゃ、俺たちが殺されるんだ」
剣が振り上げられる。
青年は、ただ目を伏せた。
逃げない。
抵抗しない。
その姿に、ほんの一瞬だけ誰かの手が止まった。
だが次の瞬間、その手は別の誰かに押される。
――疑うな。
――ためらうな。
――これは正しいことだ。必要なことだ。
そう言い聞かせる声が、森に満ちていく。
赤い瞳が、かすかに揺れた。
まるで、人の痛みを思い出すように。
そして夜は、何事もなかったかのように、再び静まり返った。



