人造神域-拡張プロトコル-

目が覚めて、最初に見えたのは、知らない天井だった。

……白い。
ただ白いだけじゃなくて、どこか青みがかっている。病院みたいだと思ったけれど、私の知っている病院よりずっと静かで、清潔すぎて、少し怖い。

 ゆっくり身体を起こす。
天井も、壁も、床も、私が寝かされていたベッドも、全部白い。窓はない。時計もない。カーテンもない。昼なのか夜なのかも分からない。

「……ここ、どこ……?」

声に出してから、心臓が嫌な音を立てた。

スマホがない。
鞄もない。
制服でもない。

 私は、見覚えのない白い服を着ていた。肌触りはやわらかい。けれど、いつ着替えたのか全く覚えていない。
その事実に気づいた瞬間、血の気が引いた。

知らない場所。
消えた持ち物。
勝手に変わっている服。
落ち着かなきゃと思うのに、指先が震える。ベッドから降りようとした、その時だった。

――壁の一部が、音もなく開いた。

「……っ」

 息が止まる。
入ってきたのは、ひとりの男の人だった。
背が高い。すらりとしているのに、弱々しさはない。白を基調にした長い上着が、歩くたびに静かに揺れる。襟元から胸にかけて、細い黒のラインが入っていて、そのせいで余計に白さが際立って見えた。

 髪は、銀色にも、白にも見える。光を受けるたび、ほんの少し青く透けるみたいだった。
 目は薄い氷のような色。綺麗なのに、見つめられると胸の奥が冷える。

 整いすぎていた。
人間というより、彫刻か、ガラスで作られた神様みたいだった。
綺麗な人。でも、正体不明の怖い人だ。

「…………」

 彼はベッドのそばで足を止めると、静かに私を見下ろした。

「白瀬天音。覚醒を確認」

名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。

「……どうして、私の名前を知っているんですか」

なるべく落ち着いて聞いたつもりだった。
けれど、声が少し震えてしまった。

「個体情報との照合結果が一致しました。君の名前もそこに」

「個体、情報……?」

「君を識別するための情報です」

 説明されても、よく分からない。
ただ、この人は私の名前を知っている。私はこの人のことを何も知らないのに。

「あなたは、誰なんですか」

 そう聞くと、彼はほんの少しだけ間を置いた。

NOA-HC00(ノアエイチシーゼロゼロ)

「……え?」

「Networked Oversight Administrator - Human Continuity 00」

 なめらかな声で、聞き慣れない英語と数字が並ぶ。
名前というより、型番みたいだった。
私が困って黙っていると、彼は淡々と続けた。

「呼称として最も近い発音は、ノア」

「ノア……さん」

 とっさにそう呼ぶと、彼は否定しなかった。
ただ、静かに私を見ている。
視線から逃げるように、私は布団を握りしめた。

「ここは、どこですか。私は、どうしてここにいるんですか」

 そう聞いた瞬間、部屋の明かりが少しだけ落ちた。
白くて目に痛かった光が、やわらかくなる。空気も、ほんの少しだけあたたかくなった気がした。
私は驚いて顔を上げる。

「今の……あなたが?」

「呼吸が乱れていたようでしたので。環境を調整しました」

「……私、頼んでません」

「はい」

 ノアさんは、静かに認めた。
その声は優しかった。
でも、その優しさが怖かった。
私が頼まなくても、この人は部屋の明るさも温度も変えられる。
……たぶん、私の呼吸も、心拍も、全部見えている。

――逃げ場がない。
そう思ってしまった。

「もう一度、聞きます。ここは、どこなんですか」

ノアさんは私を見つめたまま、少しも声を乱さずに言った。

「君は、この世界に存在していないようです」