どんな君でも、忘れない。


床をまじまじと観察し始める私に、天使は前をぼうっと見ながらぼそりと呟いた。

「…そういうことか」

「えっ?」

なんて言ったの?

私が眉を顰めると、天使は屈んで落ちたタブレットを取った。

「いや〜びっくりしちゃってね。幽霊とかほんとにいるんだね〜。実紀食われない?」

「えっ怖…さらっと怖…」

食われるって…なんか縁起でもないなぁ…。

「…私、その幽霊に会おうと思って裏庭に行ったんだけど気絶して天使に前会ったの」

「ふうん、そういうことか。…幽霊、秋葉だと思ったの?」

…っ。

図星を突かれた私はびくりと肩を揺らして頷いた。

「でもまだわかんないの。だから確かめたかった。だけど幽霊には会えないかもしれないから、天使に聞きたかったんだ」

顔を上げて、天使に本気で、初めてお願いする。

「お願い。天使、幽霊について何か知っているんでしょう?なんでもいいから教えて。誰なのか」

「………どうしよっかなぁ」

天使はタブレットをしまうとにやりと笑った。

「…ねぇ確かさ、あのイケメンくんと喧嘩したんでしょう?」

「えっ」

またびくりと肩を揺らして、力が抜けたかのようにゆっくりと頷いた。

「う、うん」

それも知っているのか。なら話は早い。

「じゃあこうする!とっても優しい天使様は、元実紀専属だったわけだし慈愛の気持ちでイケメンくんとの仲を直してあげよう。ただしそれは、キミが幽霊の正体を暴いたらね」

「えっ?」

私、別にその幽霊の正体を知りたいんだけど。倉くんとの仲を取り持ってくれてもあまり…。出来なさそうだし。

「出来なさそうって何?さいて〜、実紀〜。泣いちゃうー。でも、私の口から幽霊の正体を言うのは御法度なんだよね。プライバシーとかもあるしさ」

薄い笑みを貼り付けながら天使は言った。


その笑みは、本当にうすっぺらい、中身のない笑顔である。

だけれども、掴めない、読めない彼女のその笑みは、彼女のミステリアスな雰囲気を余計感じさせる。


「ま、そんなわけだから。早めに頑張って仲直りしな?」


** **


「〜わっ!」

目を開けた瞬間に叫んで飛び起きた。

そして心臓の近くのシャツを押さえる。

少し変わった感じで波打つ鼓動が、先ほどの夢は嘘じゃないと訴えてくる。

「夢じゃない…」

いや夢だけど。

天使は仲を取り持ってくれると言っていたが、今日暇があれば謝りたい。

ううん、謝るぞっ!

リボンをつけながら、私は心の中で気合いを入れた。

** **

「おはよー」

「おはよう、実紀!」

クラスについた途端倉くんの姿を探す。

…あれ?

「倉くんは…?」

「桜井?桜井なら今日休むってメッセージ来てた。赤城、彼女なのに連絡なかったのか?」

彼女——。

その言葉が、喧嘩している私にはすごく薄いものに感じてしまう。

「…うん、なかったよ。忙しいのかな」

「そうだなー、忙しいのかもなー」

教えてくれた男子のクラスメイトに感謝しつつ、休むことすら言われない存在にまでなってしまったのかと、結構ショックを受ける。

…身勝手だなぁ。私が、悪かったのに。

連絡されなかったくらいで、こんなにショック受けて、彼女ぶって。

こういう都合のいい時だけ、“彼女”面をするだなんて。

…勝手。

『俺は、今の実紀を好きになったわけじゃない』


…ほんとだね、倉くん。


私でさえも、今の自分は、好きじゃないよ。


倉くんに好きになってもらえるような人間じゃないってわかってる。


変だな。中学の頃より大きくなって、大人になったと思っていたのに。

中学の頃より子どもっぽくて、馬鹿みたい。



——今の私なんか、嫌いだ。