「――お前、死にたくなかったら動くな」
低くて鋭い声に、心臓が跳ねた。
人通りの少ない寮の裏で、私は足を止める。
……なんで、こんなところに人がいるんだろう。
かすかに漂う鉄みたいな匂い。
その先で、ひとりの男の人が壁にもたれていた。
「っ……はぁ……」
苦しそうな息。
制服の上からでも分かるくらい、服が赤く染まっている。
――怪我、してる……?
「近づくな」
鋭く睨まれて、思わず息を呑む。
いつもなら、怖くて逃げるけど、もう今日は。
足は勝手に動いていた。
「……今日が最期なの。こんな私だから最期くらい誰かのためになりたいっ」
恐怖で掠れる声を絞り出す。
「バカか、お前は。」
呆れたように吐き捨てるその人の声は、
不思議と、どこか弱って聞こえた。
私は鞄からハンカチを取り出して、
そっと彼の腕に触れる。誰かに殴られることの痛みは、苦しいほど知っているから。誰かに助けて欲しいから。
ハンカチにじんわりと血が滲む。
「じっとしてください。これでも私、応急手当くらいなら...」
「……は?」
驚いたような声。
でも、そのまま、私の手は振り払われることはなかった。
――このときは、まだ知らなかった。
この人が、
私の“普通”を全部壊してくれる人だなんて。
こんな私に生きる意味を教えてくれるなんて。
そして。
裏社会を束ねる組織「orientalem」の総長、
白龍煌その人だなんて――。
第1話 続き(総長バレ〜スカウト)
「……なんで、逃げない」
低い声が、すぐ近くで落ちる。
手当てを続けながら、私は小さく息をついた。
その人は一瞬だけ黙って、
それからふっと、かすかに笑った気がした。
包帯代わりにハンカチを結び終えて、顔を上げる。
その瞬間――視線がぶつかった。
鋭く、とても深い。青みがかった瞳。
吸い込まれそうで、目が離せない。
「名前」
「え?」
「お前の名前、聞いてる」
少し強引な言い方に、心臓がまた大きく跳ねる。
「……花散里、つむぎ」
「つむぎ、か」
その名前をなぞるみたいに、低く呼ばれる。
たったそれだけなのに、なぜか妙に暖かくて、安心できて。
「俺は、白龍煌」
「はくりゅう……こう?」
何処かで聞いたことのある名前。
その響きにはどこか重みがあった。
――そのときだった。
「総長!」
路地の奥から、複数の足音が近づいてくる。
制服の男達が一斉に頭を下げた。
「ご無事ですか」
「……騒ぐな」
さっきまで苦しそうだった人とは思えないくらい、
その声は冷たく、鋭く変わっていた。
え……そうちょう?
早朝、曹長、宗長...?
総長...
「処理は終わってる。遅い」
「申し訳ありません」
――ただならない雰囲気に足が竦む
明らかに普通じゃない空気。
そして、その中心にいるのは――
目の前の、この人。煌さん。
「お前、早く帰れ」
急にそう言われて、はっとする。
「え……」
「関わらない方がいい世界だ。さっきのことは感謝するが、早く忘れろ」
突き放すように、此方を見ずに言う。
その瞬間。
周りの空気が、一気に変わった。
「…恐れながら、口封じの処分にはしないのですか?」
誰かが驚いたようにに声を漏らす。
くるっと此方に向き直ると煌さんは、
「お前、死のうとしてただろ。」
と言った。
「な、なんでわかるの」
思わず吐息のような声がこぼれおちる。
それを見て、ふ、と口を綻ばせ思ってもないことを言った
「空気。そんな気がした。」
そして、
「お前、死にたかったんだろ?ならお前の命、俺が預かってやる。」
そう言った笑顔は、今まで私に向けられたどんな笑顔より美しく、優しさを孕んでいた。
私は、こうしてorientalemに迎え入れられることになった。
