花あかりに もう一度だけ君と

次の日の夜。
僕はまたあの桜の木を訪れた。
暗がりの中で目を凝らすと、昨日のうちに折って枝に結んでおいた一筆箋がなくなっている。

(あの子は読んでくれたのだろうか……)

その時、背後でカサッと落ち葉を踏みしめる足音がした。
振り返ると、ピタリと足音が止む。

「……悟?」

小さく呟く女の子の声。
花あかりの中、数メートル先にいる女の子の姿が浮かび上がった。

「悟……、悟!」

女の子が両手を伸ばして駆け寄ろうとするのが分かり、僕は踵を返した。
そのまま暗闇に紛れて姿を消すつもりだった。

なのに……

何かが自分の中にフッと入り込んだ気がして、動けなくなる。
気がつけば、胸に飛び込んできた女の子をぎゅっと抱きしめていた。

「悟!」
「……遥菜(はるな)

今のは自分の声?
呼んだのはこの子の名前?

不思議な感覚に包まれながら、なぜだか胸に抱きしめた女の子の温もりに喜びが込み上げる。

「悟、悟……。会いたかった」

泣きじゃくる女の子の髪を優しくなでて語りかけた。

「遥菜、一人にしてごめん。だけどいつも遥菜のそばにいるから」
「悟……」

僕は自分の身体と思考を(さとる)に譲る。
せめて今だけは、幸せな二人でいてほしい。
花あかりに、再び会えたこの瞬間にーー

「遥菜、これからは笑ってて。俺が好きだった笑顔の遥菜でいて」
「悟……」
「会いたくなったら、また桜の木の下で会おう。花あかりに君を探すよ」
「……うん」

腕の中で小さく頷く女の子の手に、僕はあの写真を握らせた。
満開の桜の花あかりに、女の子の笑顔がほころぶ。

僕はそれを見届けると、そっと暗闇に姿を消した。

(完)