『俺様王子が不器用についた最初で最後の優しい嘘。』

「……はぁ、はぁ……っ」


 グラウンド裏。練習の途中で、雪弥が突然その場に膝をついた。


 呼吸は浅く、額からは滝のような汗が流れている。


「雪弥くん!? 大丈夫? やっぱりどこか悪いんじゃ……」


「……うるせー。ただの立ちくらみだ。お前が重すぎるんだよ」


 いつもの意地悪な台詞。でも、私の肩を掴む彼の指には、もう力が入っていなかった。


 私は強引に彼の腕を自分の肩に回し、支えるようにして近くの木陰まで運んだ。


 背中を木に預け、ぐったりと目を閉じる彼。その姿は、今にも消えてしまいそうなほど儚かった。


「……空音」


 ふいに、彼が掠れた声で私の名前を呼んだ。


「……なに?」


「雪弥、だ。呼び捨てで呼べ。俺様がお前に特別に許可してやってんだ。光栄に思えよ」


 こんな時まで彼は「俺様」を貫こうとしている。


 私は震える声を抑えて、初めて彼の名前を呼び捨てにした。


「……雪弥」


 呼んだ瞬間、心臓が跳ねた。


「……聞こえねーよ。もっと、はっきり呼べ」


「雪弥。……雪弥。聞こえてる?」


 彼はゆっくりと目を開けた。その瞳に、ほんの一瞬だけ深い安らぎが宿る。


「……ああ。いい声じゃん」


 彼は無理やり腕を伸ばし、私の頬を指先でなぞった。


「空音。これから先、俺がどんなに最低なこと言っても。俺が誰だか分かんねーような顔してても……お前は、俺の名前を呼べ。雪弥って、何度も叫べ」


「……どういう、こと?」


「命令だ。俺とお前を繋ぐ最後の一本まで、解けるんじゃねーぞ」


 彼はそう言うと、私の膝にコテリと頭を預けて眠りに落ちた。