『俺様王子が不器用についた最初で最後の優しい嘘。』

雪弥が遠くの療養所へ転院してから、三年の月日が流れた。


 私は、彼がいないまま地元の高校に進学し、ただ機械的に毎日を過ごしていた。


 彼からの連絡はない。ご両親からも「今は刺激を避けるべきだ」と言われ、面会すら叶わない絶望的な日々。


 けれど、高校の卒業式を目前に控えたある日。


 神崎のおじ様から、一冊の古いタブレット端末が私のもとに届けられた。


「……雪弥が、意識がはっきりしている時間にだけ、こっそり撮り溜めていたものだ。最近の彼はもう……自分の名前さえ怪しい。でも、これだけは君に届
けてくれと、数年前の彼が泣きながら私に託したんだ」


 震える手で再生ボタンを押す。


 画面に映し出されたのは、高校一年生の頃の雪弥だった。少し痩せたけれど、まだ瞳には鋭い光がある、私の大好きな「俺様」な彼。


『……よぉ、空音。元気にしるか?
 今、俺は療養所の庭にいる。……正直、昨日お前の誕生日だったこと、思い出すのに三時間かかったわ。……クソ、俺様としたことが情けねー。
 でも、安心しろ。……お前の顔だけは、まだこの目に焼き付いてる。……他の奴に惚れてねーだろうな? もし浮気してたら、記憶が戻った瞬間に地の果てまで追いかけてやるからな』


 強気な言葉。でも、画面の中の彼は、必死に涙を堪えて笑っていた。


 動画は、月日を追うごとに短く、そして残酷になっていく。


 高校二年生の冬の動画。そこには、うつろな瞳でカメラを見つめる、以前よりずっと細くなった雪弥がいた。


『……そらね。……名前、合ってるか?
 ……さっき、自分の指についてるこの指輪、……誰にもらったのか分かんなくて、パニックになった。……でも、指輪の内側の刻印を見たら、……お前の泣き顔が、一瞬だけ浮かんだんだ。
 ……ごめんな、空音。……守るって言ったのに。……俺、もうすぐ、……全部消えちまう。……お前の声が、……思い出せねーんだ……っ』


 画面の中で、最強だったはずの王子様が、声を上げて泣いていた。


 自分の脳から「一番大切な人」がこぼれ落ちていく恐怖。


 彼は、自分が壊れていく過程を、私への愛を繋ぎ止めるためだけに記録し続けていた。


 そして、最後の一本。


 日付は、ちょうど一年前。それ以降、動画は途絶えている。


 映し出されたのは、真っ白な病室の壁と、焦点の合わない目でカメラを見つめる雪弥。


『……こんにちは。……これを見ている人は、僕の知り合いですか?
 ……このカメラのメモに、「空音へ」って書いてありました。
 ……空音さん。……僕は、君のことが分かりません。
 ……でも、この動画を撮ろうとすると、……心臓が、ちぎれそうに痛いんです。
 ……だから、きっと、……僕は君のことを、命がけで愛していたんだと思います。
 ……さようなら、僕の大切な人。……君は、笑っていてください。……これは、……昔の僕からの、……最後のお願いです』


 「……ぁ……っ、うわああああああ!!」


 私は部屋で一人、タブレットを抱きしめて泣き叫んだ。


 彼は、三年間ずっと戦っていた。


 私が知らない場所で、私が他の男と笑っているかもしれない時間を、彼は自分を失う恐怖と戦いながら、私を想うことだけに捧げていた。


 「さようなら」なんて言わせない。


 「最後のお願い」なんて聞かない。

 
 私は涙を拭い、立ち上がった。
 

手には、中学の時から一度も外していないペアリング。

 
 雪弥。


 あなたが自分の愛を「過去形」にしたのなら。


 私がそれを、無理やり「現在進行形」に引き戻してあげる。

 
 高校の卒業証書なんていらない。


 私が欲しいのは、真っ白になったあなたの心に、もう一度「俺様」な刻印を刻む特権だけ。

 
 「待ってて、雪弥。……今度は、私があなたを迎えに行く番だよ」


 この三年間の空白を埋めるのは、涙じゃない。


 私があなたに捧げる、二度目の一目惚れだ。