『俺様王子が不器用についた最初で最後の優しい嘘。』

放課後の図書室。


静まり返った書架の隅で、私は雪弥と向かい合って座っていた。


 雪弥の膝の上には、あの『指輪の由来』が書き殴られたノートが開かれたままだ。私がさっき泣きそうな顔で「全部大好き」と言ったせいで、彼は完全に逃げ場を失っていた。


「……おい。いつまでそのノート見てんだよ。……っ、消せ。今すぐその記憶を消去しろ」


 雪弥は顔を真っ赤にして、バタンと乱暴にノートを閉じた。


「消さないよ。雪弥が私のことを忘れないようにって頑張ってくれてる証拠だもん」


「……うっせーよ。俺様が、……そんなガキみたいな真似……」


 言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。


 不意に雪弥が立ち上がり、私の座っている椅子の両肘を掴んで、至近距離まで顔を近づけてきた。図書室の窓から差し込む琥珀色の夕日が、彼の端正な横
顔を熱っぽく照らす。


「……そんなに俺が健気に見えるなら、ご褒美よこせよ」


「え……っ、ご褒美?」


「ああ。……ノートに書いてあっただろ。『俺は、空音を愛してる』って。……あれ、文字じゃ足りねーんだわ」


 雪弥は私の左手を引き寄せると、薬指の指輪に、熱い唇を落とした。


 金属の冷たさと、彼の唇の柔らかさが同時に伝わってきて、心臓が跳ねる。


「……雪弥」


「名前、もっと呼べよ。……ノートの文字なんかより、お前の声で『雪弥』って呼ばれる方が、よっぽど俺の脳に深く刻まれるんだよ」


 彼は私の腰を強引に引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。図書室の椅子は二人で座るには狭くて、彼の心音が背中から直接響いてくる。


「雪弥、ここ、学校だよ……?」


「関係ねーよ。誰も来ねー場所だってのは、俺様が調査済みだ。……それとも何? 俺の命令が聞けねーのか?」


 雪弥は私の首筋に顔を埋め、深く、深く息を吸い込んだ。


「……お前の匂い。……お前の声。……指輪の感触。……全部、俺に独占させろ」


 彼は私の首筋に、消えないくらいの「吸い跡」をつけようとする。


「あっ……痛い、雪弥……っ」


「……痛いくらいがちょうどいいんだよ。……お前が俺の女だって証拠を、記憶じゃなくて、身体に刻んどいてやる。……これなら、明日目が覚めても、鏡
を見れば思い出すだろ?」


 照れ隠しの傲慢なセリフ。でも、私を抱きしめる彼の腕は、壊れ物を扱うように震えていて。


 雪弥は私の耳元で、甘く、溶けるような声で囁いた。


「空音。……お前、俺がどんなに忘れても、他の男に浮気すんなよ。……俺が何度忘れても、そのたびにこうやって、お前を俺の色に染め直してやるからな」


 それは、世界で一番甘くて、執着に満ちた「再会の約束」。


 私は彼の首に腕を回し、夕暮れの静寂の中で、何度も彼の名前を呼んだ。


「雪弥……。雪弥、雪弥、大好きだよ」


「……フン。当たり前だ。……一生、俺に溺れてろ」


 ノートに書かれた誓いよりも、ずっと深く。


 二人の心は、指輪の円を描くように、固く結ばれ合っていた。