昨日の出来事は、きっと何かの間違いか、質の悪いドッキリに違いない。
そう自分に言い聞かせながら、私は重い足取りで教室のドアを開けた。
けれど、そんな淡い期待は、教室に足を踏み入れた瞬間に粉々に打ち砕かれることになる。
「あ、空音きた!」「神崎くん、本当に朝から待ってるよ……」
クラスメイトたちのひそひそ声。視線の先、私の席にどっかと座り込み、スマホを弄っているのは、他でもない神崎雪弥(かんざき ゆきや)本人だった。
「おっそ。お前、俺を何分待たせるつもりだよ」
私が自分の席の横に立つなり、雪弥くんはスマホをポケットに放り込み、鋭い瞳で私を睨み上げた。
「え……神崎くん、なんで私の席に……? っていうか、ここ三組だよ? 神崎くんは一組でしょ?」
「関係ねーだろ。俺がここに来たいから来た。文句あんのか?」
「文句っていうか、もうすぐ予鈴が鳴るし……」
おどおどと答える私を無視して、彼はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
そして、私の机の上に、これ見よがしに豪華な包みのサンドイッチと高級そうなフルーツジュースを置く。
「これ、お前の朝メシ。ちゃんと食えよ」
「えっ、いいよ! 朝ごはんは家で食べてきたし……」
「黙って食え。俺が選んでやったんだから、残すの禁止」
有無を言わせないその口調。
周囲の女子たちの「いいなー」「羨ましい」という視線が突き刺さって、痛い。
彼は私の戸惑いなんてお構いなしに、私の髪に指を絡め、耳元で低く囁いた。
「……言っただろ。お前は俺の女だって。忘れたとは言わせねーぞ」
その瞬間、心臓が跳ねた。昨日のあのセリフは本気だったんだ。
雪弥くんは、満足げに私の頭を乱暴に撫でると、「放課後、屋上に来い。遅れたらお仕置きだからな」と言い残して、嵐のように去っていった。
その日の授業なんて、全く頭に入ってこなかった。
休み時間になるたびに、他クラスの生徒が「神崎雪弥の新しい獲物」を見ようと教室に押し寄せる。
親友の葵(あおい)からも「空音、一体何したの!?」と問い詰められ、私は一日中、生きた心地がしなかった。
そして、運命の放課後。
私は迷っていた。正直、屋上なんて行きたくない。でも、行かなかったら何をされるか分からない。
結局、私は吸い寄せられるように屋上へと続く階段を上っていた。
重い鉄の扉を開けると、夕焼けに染まった屋上に、雪弥くんが一人で柵に寄りかかっていた。
「……遅い」
振り向いた彼の顔は、朝よりもどこか少しだけ、疲れているように見えた。
「ごめん、日直の仕事があって……。それで、話ってなに?」
私が恐る恐る尋ねると、彼はふっと表情を緩め、私を自分の隣まで手招きした。
「……お前、明日、何の日か覚えてるか?」
「え? 明日は……普通に平日だけど……あ、小テストがある日?」
私が首を傾げると、雪弥くんは一瞬、ハッとしたように目を見開いた。
それから、ひどく困惑したような、迷子の子どものような顔をして、自分のこめかみを押さえた。
「……あ。……わりー。なんでもねーわ。忘れた」
「え……? 神崎くん?」
さっきまでの傲慢なオーラが、一瞬だけ霧のように消えた気がした。
彼はすぐにいつもの不敵な笑みに戻り、「ったく、俺様を待たせた罪は重いぞ。罰として、今日は一緒にアイス食って帰る。いいな?」と私の腕を強引に引いた。
繋がれた手のひらは、驚くほど熱かった。
けれど、その時の私はまだ気づいていなかった。
雪弥くんが「忘れた」と言ったのは、照れ隠しなんかじゃない。
彼の中にあった、私との大切な約束の記憶が――今、この瞬間も、一滴ずつこぼれ落ちているのだということに。
そう自分に言い聞かせながら、私は重い足取りで教室のドアを開けた。
けれど、そんな淡い期待は、教室に足を踏み入れた瞬間に粉々に打ち砕かれることになる。
「あ、空音きた!」「神崎くん、本当に朝から待ってるよ……」
クラスメイトたちのひそひそ声。視線の先、私の席にどっかと座り込み、スマホを弄っているのは、他でもない神崎雪弥(かんざき ゆきや)本人だった。
「おっそ。お前、俺を何分待たせるつもりだよ」
私が自分の席の横に立つなり、雪弥くんはスマホをポケットに放り込み、鋭い瞳で私を睨み上げた。
「え……神崎くん、なんで私の席に……? っていうか、ここ三組だよ? 神崎くんは一組でしょ?」
「関係ねーだろ。俺がここに来たいから来た。文句あんのか?」
「文句っていうか、もうすぐ予鈴が鳴るし……」
おどおどと答える私を無視して、彼はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
そして、私の机の上に、これ見よがしに豪華な包みのサンドイッチと高級そうなフルーツジュースを置く。
「これ、お前の朝メシ。ちゃんと食えよ」
「えっ、いいよ! 朝ごはんは家で食べてきたし……」
「黙って食え。俺が選んでやったんだから、残すの禁止」
有無を言わせないその口調。
周囲の女子たちの「いいなー」「羨ましい」という視線が突き刺さって、痛い。
彼は私の戸惑いなんてお構いなしに、私の髪に指を絡め、耳元で低く囁いた。
「……言っただろ。お前は俺の女だって。忘れたとは言わせねーぞ」
その瞬間、心臓が跳ねた。昨日のあのセリフは本気だったんだ。
雪弥くんは、満足げに私の頭を乱暴に撫でると、「放課後、屋上に来い。遅れたらお仕置きだからな」と言い残して、嵐のように去っていった。
その日の授業なんて、全く頭に入ってこなかった。
休み時間になるたびに、他クラスの生徒が「神崎雪弥の新しい獲物」を見ようと教室に押し寄せる。
親友の葵(あおい)からも「空音、一体何したの!?」と問い詰められ、私は一日中、生きた心地がしなかった。
そして、運命の放課後。
私は迷っていた。正直、屋上なんて行きたくない。でも、行かなかったら何をされるか分からない。
結局、私は吸い寄せられるように屋上へと続く階段を上っていた。
重い鉄の扉を開けると、夕焼けに染まった屋上に、雪弥くんが一人で柵に寄りかかっていた。
「……遅い」
振り向いた彼の顔は、朝よりもどこか少しだけ、疲れているように見えた。
「ごめん、日直の仕事があって……。それで、話ってなに?」
私が恐る恐る尋ねると、彼はふっと表情を緩め、私を自分の隣まで手招きした。
「……お前、明日、何の日か覚えてるか?」
「え? 明日は……普通に平日だけど……あ、小テストがある日?」
私が首を傾げると、雪弥くんは一瞬、ハッとしたように目を見開いた。
それから、ひどく困惑したような、迷子の子どものような顔をして、自分のこめかみを押さえた。
「……あ。……わりー。なんでもねーわ。忘れた」
「え……? 神崎くん?」
さっきまでの傲慢なオーラが、一瞬だけ霧のように消えた気がした。
彼はすぐにいつもの不敵な笑みに戻り、「ったく、俺様を待たせた罪は重いぞ。罰として、今日は一緒にアイス食って帰る。いいな?」と私の腕を強引に引いた。
繋がれた手のひらは、驚くほど熱かった。
けれど、その時の私はまだ気づいていなかった。
雪弥くんが「忘れた」と言ったのは、照れ隠しなんかじゃない。
彼の中にあった、私との大切な約束の記憶が――今、この瞬間も、一滴ずつこぼれ落ちているのだということに。


