『俺様王子が不器用についた最初で最後の優しい嘘。』

 雪弥にベッドへ押し倒され、至近距離で見つめ合う二人。


 彼の熱い吐息が肌に触れ、いよいよ……という甘い空気が最高潮に達した、その時だった。
 

コンコン、と控えめ(だけど容赦ない)ノックの音が響く。


「雪弥〜? 空音ちゃんにおやつ持ってきたわよ。メロン切ったんだけど、入ってもいいかしら?」


「っ!?!?!?」


 雪弥の身体が、まるで電気ショックを受けたみたいに跳ね上がった。


 さっきまでの色っぽい雰囲気は一瞬で霧散し、彼はベッドから転げ落ちるようにして床に着地する。


「母さん! 入るなっつってんだろ! 今、大事な……っ、勉強中だ!」


「あら、そうなの? でも空音ちゃんの声が聞こえないから、寝ちゃったのかと思って」


 ガチャリ、と無慈悲にドアが開く。


 そこには、ニコニコと満面の笑みで高級メロンの皿を持ったお母様が立っていた。


 私は慌ててスカートのシワを伸ばし、乱れた髪を手で押さえながら立ち上がる。


「あ、ありがとうございます……っ、すみません、お邪魔してて……」


「いいのよ〜。あら、雪弥? なんでそんなに顔が真っ赤なの? 知恵熱かしら」


「うっせーよ! 暑いんだよ、この部屋! ほら、置いたらさっさと出てけ!」


 雪弥は顔を真っ赤にして、お母様をドアの外へ押し出そうとする。けれど、お母様は鋭かった。乱れたベッドのシーツと、私の赤くなった顔を交互に見
て、楽しそうに目を細める。


「ふふ、仲が良いのは結構だけど、ほどほどにね? 空音ちゃん、雪弥が変なことしたらすぐおばさんに言うのよ?」


「母さん!!!」


 バタン! とドアが閉められ、鍵がかけられる。


 静まり返った室内。雪弥はドアに背中を預けたまま、ずるずるとその場に座り込んだ。両手で顔を覆い、指の隙間から耳まで真っ赤になっているのが見える。


「……死ぬ。マジで死ぬ……。俺様の威厳が……全否定された……」


「あはは……。雪弥、お母様には敵わないね」


 私が思わず吹き出すと、雪弥は恨めしそうに私を睨み上げた。


「……笑うな。……全部お前が可愛すぎるのが悪いんだろ」


 彼は立ち上がると、お母様が置いていったメロンの一切れをフォークで突き刺し、強引に私の口元へ運んできた。


「……ほら、食え。食って、さっきのことは全部忘れろ。いいな? 命令だ」


「あーん……うん、甘いね」


「……俺の方が、甘いことしてやるつもりだったんだけどな」


 ボソッと呟かれた本音。雪弥は恥ずかしさを隠すように、私の隣にドカッと座り、私の肩に頭を乗せた。


「……空音。いつか俺が、母さんのことも忘れて……この家の場所も分からなくなっても。……お前だけは、今のこの『恥ずかしくて死にそうだった記憶』
ごと、俺を笑っててくれよ」


 照れ隠しの言葉の中に混ざった、消えない不安。


 お母様の親フラで台無しになったムードさえも、彼にとっては「失いたくない日常」の一部なのだと気づいて、胸の奥がキュッとした。


「うん。……毎年メロンを食べるたびに、今日の雪弥の真っ赤な顔、思い出してあげる」


「……お前、本当に性格悪いな。……最高に俺の好みだわ」


 雪弥は少しだけ落ち着いたのか、いつもの不敵な笑みを浮かべて、私の指を甘く噛んだ。