『俺様王子が不器用についた最初で最後の優しい嘘。』

「いち、に! いち、に!」


 グラウンドに響き渡る私たちの声。


 隣を走る雪弥の呼吸は、驚くほど荒い。肩がぶつかるたびに伝わってくる彼の体温は、火傷しそうなほど熱くなっていた。


 それでも、雪弥は私の右手をぎゅっと握りしめ、前だけを見つめて足を動かし続ける。


「雪弥、もういいよ! ゆっくりでいいから!」


「……黙ってろ。……俺様が、……ビリで終わるわけ……ねーだろ……っ」


 一歩、また一歩。


 周りのペアを次々と追い抜き、私たちはついにトップでゴールテープを切った。


 その瞬間、全校生徒から地鳴りのような歓声が上がる。


「やった……雪弥、やったよ! 私たち、一番だよ!」


 私が歓喜に震えて隣を向いた、その時だった。


 雪弥の足から、ふっと力が抜けた。


 赤い紐で繋がったまま、彼は崩れ落ちるように地面に倒れ込む。


「雪弥!? 嘘、雪弥、しっかりして!」


 砂まみれになった彼の身体を抱き起こす。


 雪弥は苦しそうに胸を押さえ、焦点の合わない瞳で空を見上げていた。やがて、救急車のサイレンが遠くから聞こえ始め、学校中はパニックに包まれる。


「……空、音……」


 掠れた声で、彼は私の名前を呼んだ。


 救急車の中、ストレッチャーに横たわる雪弥は、酸素マスク越しに私の手を強く、壊れそうなほど強く握りしめた。


「ここにいるよ、雪弥! ずっと一緒だよ!」


 私の涙が、彼の手の甲にこぼれ落ちる。


 雪弥は私を安心させるように、いつもの傲慢な笑みを浮かべようとした。


 でも、その口角は力なく下がり――。


「……あ。……なぁ、お前」


 雪弥が、不思議そうに首を傾げた。


 握りしめていた彼の指の力が、スウッと抜けていく。


 彼は、涙を流す私を、まるで『初めて見る珍しい生き物』を見るような、無機質な瞳で見つめた。


「……なんで、泣いてんの? ……ていうか、……お前、誰?」


 時が止まった。


 走りきった後の熱狂も、救急車のサイレンも、すべてが遠い世界の音になる。


 「……雪弥? 何言ってるの、私だよ。空音だよ……?」


「そらね……? 聞いたことねーな。……おい、看護師さん。この人、誰……? なんで俺の手、握ってんの……?」


 嘘じゃない。


 さっきまでの「嘘」とは、何かが決定的に違う。


 彼の瞳の中に、私はもういない。


 雪弥を守っていた『俺様』という名の鎧が、記憶とともにバラバラに砕け散っていくのが分かった。


 搬送先の病院の廊下で、私は一人、赤い紐を握りしめて泣き崩れた。


 ゴールすれば、全部元通りになると思ってた。


 一緒に走れば、病気になんて勝てると思ってた。

 
 でも、神様はそんなに甘くなかった。

 
 中学三年生、最後の日が近づく中で。