体育祭当日。
雲一つない青空が、今の私の心には痛いくらいに眩しかった。
グラウンドには賑やかな行進曲が鳴り響き、色とりどりのクラス旗が風にたなびいている。けれど、三組のテントの中、私の隣にあるはずの席は、ぽっか
りと空いたままだった。
「……神崎くん、今日も休みなんだ」
クラスメイトの女子が、気まずそうに私を見る。
あの日、廊下で私を突き放して以来、雪弥は学校に来なくなった。
連絡しても返事はない。家に行っても、インターホン越しに「帰れ」と冷たく突き放されるだけ。
そして、ついに始まった午後の部。プログラム第12番――学年別ペア競技『二人三脚』。
「……星野さん、どうする? 代わりの男子、探そうか?」
係の先生が心配そうに声をかけてくれる。
でも、私の右足には、雪弥と一緒に練習したあの『赤い紐』が固く握りしめられていた。
「……いいえ。私、一人で出ます」
「えっ、でも二人三脚だよ?」
「神崎くんが来るって、信じてるから。……だから、あいつの場所は空けておきたいんです」
周囲の冷ややかな視線や、哀れみの声を無視して、私はスタートラインに立った。
隣には誰もいない。右足に結ばれた紐の先は、虚しく地面に垂れ下がっている。
全校生徒が不思議そうにこちらを見る中、ピストルの音が鳴り響いた。
「いっ、いち、に! いち、に……っ!」
一人で、二人分の歩幅を刻む。隣に誰もいない右足が、重くて、悲しくて、何度もつまずきそうになる。
(雪弥……見てる? 私、ちゃんと走ってるよ。あんたが『俺の隣は空音の指定席だ』って言った場所、守ってるよ……!)
視界が涙で歪む。土埃が舞う中、必死に足を動かすけれど、ペアで走る他の生徒たちにどんどん引き離されていく。
グラウンドの真ん中で、たった一人。
惨めだと思われてもいい。笑われてもいい。
ただ、彼に届いてほしかった。
その時だった。
「……っ、おい! そこのどんくさい女!」
聞き間違えるはずのない、傲慢で、不遜で、世界で一番大好きな声。
校門の方から、制服のまま、肩で息を切らしてこちらへ走ってくる影が見えた。
雪弥だった。
髪は乱れ、顔色は青白い。けれど、その瞳だけは、あの日のように鋭い光を宿して私を射抜いていた。
「雪弥……っ!」
「……ったく、俺様がいないとまともに歩くこともできねーのかよ、お前は」
雪弥は走りながら私の隣に滑り込むと、地面に落ちていた赤い紐をひったくるように掴んだ。
そして、震える手で、迷うことなく自分の左足にそれを結びつける。
「……雪弥、体調は……?」
「うるせー。……命令だ。前だけ見て走れ。……俺が、お前をゴールまで連れてってやる」
繋がれた足から、彼の熱い体温が伝わってくる。
避けて、拒絶して、忘れようとして……。
それでも彼は、私の隣に来ることを選んでくれた。
「……いくぞ、空音! いち、に!」
「……うん! いち、に!」
二人で踏み出す一歩。
それは、失われていく記憶に抗うための、私たちだけの逆転劇。
たとえ明日、彼がこの景色を忘れてしまったとしても。
今、この瞬間、私たちは確かに一本の足になって、未来へ向かって駆け出していた。
雲一つない青空が、今の私の心には痛いくらいに眩しかった。
グラウンドには賑やかな行進曲が鳴り響き、色とりどりのクラス旗が風にたなびいている。けれど、三組のテントの中、私の隣にあるはずの席は、ぽっか
りと空いたままだった。
「……神崎くん、今日も休みなんだ」
クラスメイトの女子が、気まずそうに私を見る。
あの日、廊下で私を突き放して以来、雪弥は学校に来なくなった。
連絡しても返事はない。家に行っても、インターホン越しに「帰れ」と冷たく突き放されるだけ。
そして、ついに始まった午後の部。プログラム第12番――学年別ペア競技『二人三脚』。
「……星野さん、どうする? 代わりの男子、探そうか?」
係の先生が心配そうに声をかけてくれる。
でも、私の右足には、雪弥と一緒に練習したあの『赤い紐』が固く握りしめられていた。
「……いいえ。私、一人で出ます」
「えっ、でも二人三脚だよ?」
「神崎くんが来るって、信じてるから。……だから、あいつの場所は空けておきたいんです」
周囲の冷ややかな視線や、哀れみの声を無視して、私はスタートラインに立った。
隣には誰もいない。右足に結ばれた紐の先は、虚しく地面に垂れ下がっている。
全校生徒が不思議そうにこちらを見る中、ピストルの音が鳴り響いた。
「いっ、いち、に! いち、に……っ!」
一人で、二人分の歩幅を刻む。隣に誰もいない右足が、重くて、悲しくて、何度もつまずきそうになる。
(雪弥……見てる? 私、ちゃんと走ってるよ。あんたが『俺の隣は空音の指定席だ』って言った場所、守ってるよ……!)
視界が涙で歪む。土埃が舞う中、必死に足を動かすけれど、ペアで走る他の生徒たちにどんどん引き離されていく。
グラウンドの真ん中で、たった一人。
惨めだと思われてもいい。笑われてもいい。
ただ、彼に届いてほしかった。
その時だった。
「……っ、おい! そこのどんくさい女!」
聞き間違えるはずのない、傲慢で、不遜で、世界で一番大好きな声。
校門の方から、制服のまま、肩で息を切らしてこちらへ走ってくる影が見えた。
雪弥だった。
髪は乱れ、顔色は青白い。けれど、その瞳だけは、あの日のように鋭い光を宿して私を射抜いていた。
「雪弥……っ!」
「……ったく、俺様がいないとまともに歩くこともできねーのかよ、お前は」
雪弥は走りながら私の隣に滑り込むと、地面に落ちていた赤い紐をひったくるように掴んだ。
そして、震える手で、迷うことなく自分の左足にそれを結びつける。
「……雪弥、体調は……?」
「うるせー。……命令だ。前だけ見て走れ。……俺が、お前をゴールまで連れてってやる」
繋がれた足から、彼の熱い体温が伝わってくる。
避けて、拒絶して、忘れようとして……。
それでも彼は、私の隣に来ることを選んでくれた。
「……いくぞ、空音! いち、に!」
「……うん! いち、に!」
二人で踏み出す一歩。
それは、失われていく記憶に抗うための、私たちだけの逆転劇。
たとえ明日、彼がこの景色を忘れてしまったとしても。
今、この瞬間、私たちは確かに一本の足になって、未来へ向かって駆け出していた。


