「なまえ? ああ、俺のか」
「うん。そう。きみの。もう教えてくれたっていいよね」
「ゴルゴラ・ビスターレだ。お前のはもう覚えてるから別にいいぞ」
「え、ご、ご、ごるごら?」
「そうだ。何か変なとこでもあったか」
「え、ううん。良い名前だなって」
作ったような笑みで、良い名前、良い名前と繰り返すレトリだが、心の中では、こう思っていた。
似合ってねー!と。
思っていたより名前がゴツい。
お坊ちゃんみたいな見た目をしているくせにとも思う。
(せめてゴルとか、ゴラの方が、絶対合ってる)
そんなことを考えていたら、それを見透かされているように見られており、まずいと思って咳払いを打つ。
「んんっ」
話も逸らす。
「あーと、ほら、名前もわかったことだし……、改めてよろしくねっ、ゴルくん」
「その呼び方はやめろ。お前に言われるとなんか、気持ち悪い」
「だからそういうこと言うのやめようって。いいじゃん、ゴルくん、可愛くて!」
「可愛くする必要が一切ないだろ」
「えぇー。じゃあ、ゴラくん?」
「なんでそうなる。普通に呼べよ、普通に。それよりお前も教えろ」
「え、なにを? ああ、でもその前に」
一緒にやるのだからと握手を求めたら無言でパシと払われる。レトリは手を摩る。
「やると思いましたあ。仲直り的なつもりでやったのに」
「そこまで馴れ合うつもりはない」
「ぶーぶー」
「豚かお前は。そんなことより教えろって言ったのは、お前の核に宿ってるのは本当にヴァンパイアかってことだ」
「そう言ったじゃん。洗礼と啓示の儀式、だっけ。魂の解放者になる時の。でもそう言われたし」
「ほう。嘘はつくなよ」
「なんでそんなに疑うかな。だったらほらこれみてよ」
大きく開いて見せた口の中には、鋭い二本の牙がある。
それがあることに気付いたのは、一階を歩き回っている時だ。
口内に違和感を覚え、舌と指で確かめた時には、驚きもしたが、ヴァンパイアの力を借りているのだからあっても不思議ではないか、とすぐに納得もできた。
しかし、ゴルは納得するでもなく、ばかりか深い溜息まで落とされる。
呆れられたのは間違いない。が、レトリには理由がわからず、なぜにと眉も寄る。
「訝しげな顔してんなよ。当然だろ」
「い、いぶかしげ?」
「いまお前がしてた顔のことだ。いいか、口動かしてんだから牙くらい見えてたに決まってんだろ。コウモリの羽はどうした。なんで手袋なんかしてる。どう考えたって変だろ」
「変とか言われても。羽はまだわかるけど。手袋はなんで? 変でもなんでもなくない?」
「ヴァンパイアの武器は伸縮自在の鋭利な爪なんだよ。普通は破けるようなもん身に付けるか」
「あ、そうなんだ。でもこの姿に変身した時にはもうつけてて」
「それが変だって言ってんだよ。それにその魔法使いの杖みたいなのは何だ。自前のものとか言うなよ」
「ヴァンパイアのだけど」
「素直か」
鬱陶しくでも思うように唸って、がしがしとゴルは頭を掻く。
「なんでも素直に答えてんなよ。疑ってるこっちがバカみたく思えてくるだろ。調子くるうな」
勝手に疑い、勝手にそんな風に苛立たれても困るというものだが、その疑いも晴れた様子。
レトリが口にしたのは、安堵の息などではなく、溜息交じりの言葉であったが。
「牛乳飲もうよ」
「誰がカルシウム不足だ。誰のせいで頭ハゲそうになってると思ってんだ。将来つるっつるのてかりんこになったらどうしてくれる」
「てかりんこは草。ウケる」
「ウケてんじゃねぇ。その草ってのもやめろ。草は草だろ。お前の毛も草みたくむしり取ってやろうか」
「えーもう、こわーい。あ、そういえば、ちょっと気になってたんだけど。ヴァンパイアって、ステッキ持たないもの? 貴族だったらほら」
いつも傍らに持っていても不思議でない。というイメージがある。
「貴族? その杖のこと言ってんのか。普通はな。ということはだ、お前のヴァンパイアはおそらく、特殊個体か」
特殊個体とは。
聞いたことがあるような、ないような……と思い出そうとしていたら、奇怪な感覚が背に生じ、レトリは身をのけぞらす。
「うぃっ!?」
まるでそこから急に二本の腕でも生えてきたかのようで、なんだ、何が起きたと身を起こすと同時に眉をひそめていた。
後ろを確かめようともするが、自らに起きたことを知るのも怖く、裏まで手を持っていくことができない。
そのまま動けずに固まっていると、前でゴルが、驚愕に彩られた目で後ろを指差しており、
「おまえ、それ──」
嫌な予感しない中、ぎこちない動きで背中の方へと目をやると、それを目にすることになる。
「おうわっ!? 何この羽!?」
愕然とした。開いた口が塞がらない。
肩の後ろからは真っ黒な鳥の翼が覗き、思い切って動かしてみたら、バサっと音がして開く。
「おぉ、動いた……」
「お前いつそんなの生やした。さっきまでそんなのなかったろ」
「うん……、なかったと、思う。なかった、よね?」
「俺に聞くなよ。俺の方がいま驚いてんだよ!」
「だって、牙の時もこんな感じで。今回も急にニョキ、だったから」
「もうちょっと言葉を纏めてから喋れ。しかしどうなってる。この得体の知れなさ、もしかして、お前のモンスター。特殊個体なんかじゃなく──」
ゴルが考え込み始めたことで、レトリの意識は背の翼に向いており、腰を折り、上でばさばさとそれを振っていた。身が浮き始めた。弾んだ声を出す。
「うわ、足浮いた! 見て見て、浮いてるよ!」
「翼なんだから当たり前だろ。それより聞け。お前のモンスター、ヌエっぽくないか?」
「ぬえ? ぬえって?」
「だと思ったよ。ヌエっていうのは個体ごとにまったく違った見た目をした得体のしれないモンスターで、その正体不明の力で啓示の結果まで捻じ曲げちまうような奴って聞いたことがある。つまり儀式でヴァンパイアと出ていようとその可能性があるってわけだ。今の話、理解できたか?」
「いやもうぜんぜん。さっぱり……」
「言うだけ無駄だったか。俺もどうかしてる」
「それよりいくよ、ゴルくん!」
「どこへだよ。お前がごちゃごちゃ言うから──て、待て。お前、まさか──」
翼を手に入れたらやることなど一つしかなく、レトリは歯を見せて、ニカっと笑い返すと、さっとゴルの背後に回り込み、その背にえいと飛びつく。
「それじゃあ、レッツゴー!」
空に拳を向け、羽ばたき立った。
「いやっふーうっ! わたしいま、鳥になってる!」
風を切って、ひたすら上昇していく。
が、雲の傍まで来たところで、妙なことが起こる。
いくら羽ばたいても、今以上には、あがっていかなくなったのだ。
まあ、建物の中だし、とわりとそれをすんなり受け入れる自分がいて、辺りを見渡す。
「おぉーっ! 良い眺めー! ゴルくんもほら、見て見てっ!」
上からの景色は雄大で、感動が押し寄せてくる。
ここを埋め尽くす茶色い平原は、いったいどこまで続いているのか。
奥まで見通せないほど果てしない。
どうして建物の中にこんな広い場所があるのか。
「うぇ、ああもう!」
風で口の中に髪が入って、頭を振る。
癖のあるセミショートが空になびく。
(ふわ、きらっきらしてる──)
空にいるおかげか、日差しのようなその色合いが、いつもより栄えて映る。
これも今更ではあるが、この風もどこから吹いているのだろうか。
疑問は尽きない。
未知の世界に今、足を置いている。そんな実感も今になって湧き、思う。
これが、ラビリンス。
冥府の一端。亡者達の住む恐ろしくも不思議な世界────、
「──あ、階段あった! なんか上のもやもやしてるとこで、切れちゃってはいるけど。違う場所に繋がってるとか?」
そんな不思議の世界であるならば、現実的でないことすらもまかり通るだろう。
ならきっとそうと、そこまで飛んで行って、前に降り立つ。
「はい、とうちゃーく!」
少し飛び足りないとは感じていたが、この早さ。
得意げな顔して、こう言いたくもなる。
「わたしと一緒にやってよかったね。ゴルくん」
腕から解放して、言いつつ後ろから肩を叩いたら、反応がなく妙に思う。
そういえば、ずっと大人しかった。
あんな真似をすれば、ゴルはもっと暴れ回るように思っていたのだが。
そっと横から顔を覗き込んでみれば、突然、ドンと身を突き飛ばされた。
「僕に寄るな!」
転ぶには至らなかったが。
何かされるかもと身構えていたおかげか。
にしても、いったいどうしたと言うのか。
すぐ俯いて、心なしか顔も赤い。
「わ、わかったか。この、馬鹿女が……」
「もしかして、高いとこ、苦手だった?」
「ふ、不潔だ!」
あ、あー、とその言葉でレトリは察した。
「そういうこと、そういうことね。なんだゴルくん、可愛いとこあるんじゃーん。照れちゃって♪」
「妙な妄想すんな! お、お前なんかに、ぼ、ぼくがっ──」
「うん。ボクがどうした。言ってみ」
「そんなこと言うかぁ!」
直後にばっと横を向き、おかしい、おかしい、とゴルはぶつぶつと独り言を言い始めた。
かと思えば、ハっとするような顔を見せ、真面目な顔して頓珍漢なことを言ってくる。
「お前、噛みついたな?」
「そんなことしてないって。やったら普通気づくよね」
「だが似たような能力を使っただろ。でなければあり得ない」
「だからぁー、何もしてないのになんで。なんでそんなこと思ったのか謎というか」
「馬鹿を言うな! 当然の帰結だろうが! でなければ俺が、俺がお前なんぞにあんな……」
「わかってる。その顔可愛いよ?」
「早く死ねお前はっ!」
「はーい、そのうち死にまーす」
「こいつは……」
「そうそう。俺って言うより、僕って言う方が、似合ってるよ?」
からかい過ぎたか、わなわな震えるように口をパクつかせたあと怒声が響く。
レトリは耳を塞いでいた。
「黙れ! 黙れぇっ! はぁ、はぁ、あー、もうお前の相手などしていられないな。階段も見つかったことだ。もう用はない。早く俺の前から失せろ。絶対についてくるなよ。絶対にだ。わかったな」
指を差しつつ何度も釘を刺してきて、一人行こうとしていたが、構わずついていく。
今度は三階。そこではいったい何が待つ。
不安もあるが、期待もあり、しかも今は二人だ。足は軽い。
「おい、どこまでついてくる気だ。聞こえてなかったのか」
「いやだって、ボク一人だと心配に思って」
「お前なんでまだ生きてんだ。早く息止めて死ねよ」
「だから、人をいたぶる時に言い過ぎなんだって」
「いたぶってんのはお前の方だ。間違うな。罵るだとか、けなすっつーんだよ」
「世の中なんでこう難しい言葉が多いんだろうね? 操りづらいというか」
「扱い辛い、な!」
「こまか」
「お前が大雑把すぎんだよ!」
そんな余裕のある会話をしていられたのも、三階に着くまでの間だけだ。
階段を上がり切ると同時に足が止まり、身も引き締まる。
(今度は、お城──?)
そこで目にしたのは、やたらに広く、中に巨大な柱が何本も立つそんなものを思わせる立派な部屋で、今までとの雰囲気の違いをはっきりと感じとることができた。
「ねぇ、ゴルくん」
無視してゴルは行くので、仕方なく後ろにつき従う。
薄暗い場所ではあるが、足元が見えないほどではない。
褪せ色のカーペットの上に足を乗せ、そこを歩きつつ、辺りに目を凝らす。
趣向を凝らした壁には、数多くの名画のようなものが飾られ、他の調度品も多いが、そのどれもがくすんで埃を被り、見る影もない。
部屋が薄暗い理由もわかった。
上にステンドグラスのような窓は沢山あれど、全部真っ暗で、置かれた無数の燭台達もまた、火を灯さず呆けたように佇むのみだ。
吊られたシャンデリアも同様、それらを見ていると幽霊屋敷にでも迷い込んだような怖さも感じるが、同時に物悲しい印象も受ける。
(あれって──)
奥には大きな鉄扉が待ち構えてあって、その更に奥に潜むのは、途方もない存在である気がしてならない。
気付けばゴルが随分前におり、慌てて追った。
「もう、待ってって!」
横に付ける。
「置いていかなくてもいいじゃん。ここ怖いのに」
「怖いなら来るなよ。言っとくが、ここから先は命の保証はしかねるからな。また助けてもらえるとか思ってんなよ」
「お、おどかすように言わなくったって」
「即効で終わるかもしれないけどな。見ろ、ハズレだ」
ゴルの視線は正面の向きから変わっておらず、何を見てそう言っているのかがわからない。
今レトリの目に映っているものと言ったら先述のものばかりで、首をかしげていた。
「どこの話?」
「門番がいないだろうが。ああ、知らないのか」
「まあねー。教えて」
「誰がお前に教えるか。今帰るって言うなら別にいいぞ」
「へぇ、ふーん。そんなヒドイこと言うんだ」
前に回り込み、両手をわきわきさせつつこう言えば、話してくれるようになる。
「また抱きつかれたいのかなぁ?」
「うぐ。い、いいか。門番というのはだな」
普通のモンスターより強力なモンスターで、ボスの強さにも関係しているとのこと。
「強い方だといて、弱い方だといない。つまり今回はくたびれもうけってわけだ。お前はどうかは知らないが、雑魚ボス倒したところで俺には何のメリットもないしな」
「強敵に挑みたいとかいう男の子てき思想?」
「なんだその思想は。違う。レベルアップが起きないからだ。レベルアップというのは核に宿るモンスターから新たな力を授かることな。もうこれでいいか」
「うん。ばっちり。なんか話聞いてたら思い出してきたっていうか。そっかそっか、レベルアップ。でも、なーんかまだ忘れてるような……」
んん〜、と唸っていたら思い出して、レトリは声を上げる。肝心なことを忘れていた。
「ああ! ゴルくん、核! 核拾うの忘れてる!」
「全部拾ってきたはずだが……」
「全然拾ってないって! さっき、二階で、いっしょにあんなに倒したじゃん!」
「ああ、記憶の住人共のこと言ってんのか。あいつらはボスが生み出した存在で、モンスターじゃないから落とさないって言われてる。現に一つも落としてなかったろ」
「見てなかった……」
「だろうな。見てたらその場で言うだろうからな」
「でも確かに、全部消えてったような」
「モンスターなら核だけ残すんだよ」
「ふっしぎい!」
「何が不思議なもんか。持ってるもん残してるだけだろ」
その言葉の意味を理解すると同時、しみじみ思うような気持ちがレトリの胸には湧き、視線を落として、ペンダントの先に付くそれを服の上から掴む。
今まで深くは考えてこなかったが、思えば──、核とはこれに他ならない。
「……これ、言ったら人の魂なんだよね?」
「それが結晶化したものとは言われてるな」
「なんかいま、色々思ってるはずなんだけど、全部言葉にするのは難しくて。ゴルくん、教えて。賢いじゃん。こういう時なんて言ったらいい?」
「知るか。そろそろそのお喋りな口閉じて、腹も括っとけ。いよいよご対面だ」
気付けば鉄扉の前まで来ており、触れてもいないのにゴォーと大きな音を立て独りでに開き始める。
(うそ、もう!? 待ってよ! まだわたし、心の準備、できてないのに──)
中の様子が垣間見えてくると同時に二人して視線が持ち上がっていく。
ボスの足元しか見えていなかった為だ。
その場からは全体像が見えぬほどに巨大で、中に入ってようやくその全貌を視界に収めることができた。
(──きょ、巨人だ。巨人がいたっ!?)
「ほう。巨人とはな。空想の世界の住人とばかり思っていたが。いたんだな」
(なんでそんな冷静? もっと驚こうよ。巨人だよ!?)
その見た目は、二階に沢山いた人影達と酷似したものだったが、それらとは別格な存在であること、そしてここの支配者であることを、その尋常ならざる体躯と威風堂々たる立ち姿で示す。
二人を見るように首を動かすや、次の瞬間、雄たけび上がって、それは突風となって吹き荒れる。
──アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「ぶわっ!?」
「くっそ、なんて声だ────」
二人は必死に耐えてはいたが、耳を塞いでいても、頭の中に直接響いてくるような声だけは、堪え切ることができず、すぐにその場に膝を落とすことになる。
収まる頃には、首も垂れ、平服でもするかのような姿となっていた。
「うん。そう。きみの。もう教えてくれたっていいよね」
「ゴルゴラ・ビスターレだ。お前のはもう覚えてるから別にいいぞ」
「え、ご、ご、ごるごら?」
「そうだ。何か変なとこでもあったか」
「え、ううん。良い名前だなって」
作ったような笑みで、良い名前、良い名前と繰り返すレトリだが、心の中では、こう思っていた。
似合ってねー!と。
思っていたより名前がゴツい。
お坊ちゃんみたいな見た目をしているくせにとも思う。
(せめてゴルとか、ゴラの方が、絶対合ってる)
そんなことを考えていたら、それを見透かされているように見られており、まずいと思って咳払いを打つ。
「んんっ」
話も逸らす。
「あーと、ほら、名前もわかったことだし……、改めてよろしくねっ、ゴルくん」
「その呼び方はやめろ。お前に言われるとなんか、気持ち悪い」
「だからそういうこと言うのやめようって。いいじゃん、ゴルくん、可愛くて!」
「可愛くする必要が一切ないだろ」
「えぇー。じゃあ、ゴラくん?」
「なんでそうなる。普通に呼べよ、普通に。それよりお前も教えろ」
「え、なにを? ああ、でもその前に」
一緒にやるのだからと握手を求めたら無言でパシと払われる。レトリは手を摩る。
「やると思いましたあ。仲直り的なつもりでやったのに」
「そこまで馴れ合うつもりはない」
「ぶーぶー」
「豚かお前は。そんなことより教えろって言ったのは、お前の核に宿ってるのは本当にヴァンパイアかってことだ」
「そう言ったじゃん。洗礼と啓示の儀式、だっけ。魂の解放者になる時の。でもそう言われたし」
「ほう。嘘はつくなよ」
「なんでそんなに疑うかな。だったらほらこれみてよ」
大きく開いて見せた口の中には、鋭い二本の牙がある。
それがあることに気付いたのは、一階を歩き回っている時だ。
口内に違和感を覚え、舌と指で確かめた時には、驚きもしたが、ヴァンパイアの力を借りているのだからあっても不思議ではないか、とすぐに納得もできた。
しかし、ゴルは納得するでもなく、ばかりか深い溜息まで落とされる。
呆れられたのは間違いない。が、レトリには理由がわからず、なぜにと眉も寄る。
「訝しげな顔してんなよ。当然だろ」
「い、いぶかしげ?」
「いまお前がしてた顔のことだ。いいか、口動かしてんだから牙くらい見えてたに決まってんだろ。コウモリの羽はどうした。なんで手袋なんかしてる。どう考えたって変だろ」
「変とか言われても。羽はまだわかるけど。手袋はなんで? 変でもなんでもなくない?」
「ヴァンパイアの武器は伸縮自在の鋭利な爪なんだよ。普通は破けるようなもん身に付けるか」
「あ、そうなんだ。でもこの姿に変身した時にはもうつけてて」
「それが変だって言ってんだよ。それにその魔法使いの杖みたいなのは何だ。自前のものとか言うなよ」
「ヴァンパイアのだけど」
「素直か」
鬱陶しくでも思うように唸って、がしがしとゴルは頭を掻く。
「なんでも素直に答えてんなよ。疑ってるこっちがバカみたく思えてくるだろ。調子くるうな」
勝手に疑い、勝手にそんな風に苛立たれても困るというものだが、その疑いも晴れた様子。
レトリが口にしたのは、安堵の息などではなく、溜息交じりの言葉であったが。
「牛乳飲もうよ」
「誰がカルシウム不足だ。誰のせいで頭ハゲそうになってると思ってんだ。将来つるっつるのてかりんこになったらどうしてくれる」
「てかりんこは草。ウケる」
「ウケてんじゃねぇ。その草ってのもやめろ。草は草だろ。お前の毛も草みたくむしり取ってやろうか」
「えーもう、こわーい。あ、そういえば、ちょっと気になってたんだけど。ヴァンパイアって、ステッキ持たないもの? 貴族だったらほら」
いつも傍らに持っていても不思議でない。というイメージがある。
「貴族? その杖のこと言ってんのか。普通はな。ということはだ、お前のヴァンパイアはおそらく、特殊個体か」
特殊個体とは。
聞いたことがあるような、ないような……と思い出そうとしていたら、奇怪な感覚が背に生じ、レトリは身をのけぞらす。
「うぃっ!?」
まるでそこから急に二本の腕でも生えてきたかのようで、なんだ、何が起きたと身を起こすと同時に眉をひそめていた。
後ろを確かめようともするが、自らに起きたことを知るのも怖く、裏まで手を持っていくことができない。
そのまま動けずに固まっていると、前でゴルが、驚愕に彩られた目で後ろを指差しており、
「おまえ、それ──」
嫌な予感しない中、ぎこちない動きで背中の方へと目をやると、それを目にすることになる。
「おうわっ!? 何この羽!?」
愕然とした。開いた口が塞がらない。
肩の後ろからは真っ黒な鳥の翼が覗き、思い切って動かしてみたら、バサっと音がして開く。
「おぉ、動いた……」
「お前いつそんなの生やした。さっきまでそんなのなかったろ」
「うん……、なかったと、思う。なかった、よね?」
「俺に聞くなよ。俺の方がいま驚いてんだよ!」
「だって、牙の時もこんな感じで。今回も急にニョキ、だったから」
「もうちょっと言葉を纏めてから喋れ。しかしどうなってる。この得体の知れなさ、もしかして、お前のモンスター。特殊個体なんかじゃなく──」
ゴルが考え込み始めたことで、レトリの意識は背の翼に向いており、腰を折り、上でばさばさとそれを振っていた。身が浮き始めた。弾んだ声を出す。
「うわ、足浮いた! 見て見て、浮いてるよ!」
「翼なんだから当たり前だろ。それより聞け。お前のモンスター、ヌエっぽくないか?」
「ぬえ? ぬえって?」
「だと思ったよ。ヌエっていうのは個体ごとにまったく違った見た目をした得体のしれないモンスターで、その正体不明の力で啓示の結果まで捻じ曲げちまうような奴って聞いたことがある。つまり儀式でヴァンパイアと出ていようとその可能性があるってわけだ。今の話、理解できたか?」
「いやもうぜんぜん。さっぱり……」
「言うだけ無駄だったか。俺もどうかしてる」
「それよりいくよ、ゴルくん!」
「どこへだよ。お前がごちゃごちゃ言うから──て、待て。お前、まさか──」
翼を手に入れたらやることなど一つしかなく、レトリは歯を見せて、ニカっと笑い返すと、さっとゴルの背後に回り込み、その背にえいと飛びつく。
「それじゃあ、レッツゴー!」
空に拳を向け、羽ばたき立った。
「いやっふーうっ! わたしいま、鳥になってる!」
風を切って、ひたすら上昇していく。
が、雲の傍まで来たところで、妙なことが起こる。
いくら羽ばたいても、今以上には、あがっていかなくなったのだ。
まあ、建物の中だし、とわりとそれをすんなり受け入れる自分がいて、辺りを見渡す。
「おぉーっ! 良い眺めー! ゴルくんもほら、見て見てっ!」
上からの景色は雄大で、感動が押し寄せてくる。
ここを埋め尽くす茶色い平原は、いったいどこまで続いているのか。
奥まで見通せないほど果てしない。
どうして建物の中にこんな広い場所があるのか。
「うぇ、ああもう!」
風で口の中に髪が入って、頭を振る。
癖のあるセミショートが空になびく。
(ふわ、きらっきらしてる──)
空にいるおかげか、日差しのようなその色合いが、いつもより栄えて映る。
これも今更ではあるが、この風もどこから吹いているのだろうか。
疑問は尽きない。
未知の世界に今、足を置いている。そんな実感も今になって湧き、思う。
これが、ラビリンス。
冥府の一端。亡者達の住む恐ろしくも不思議な世界────、
「──あ、階段あった! なんか上のもやもやしてるとこで、切れちゃってはいるけど。違う場所に繋がってるとか?」
そんな不思議の世界であるならば、現実的でないことすらもまかり通るだろう。
ならきっとそうと、そこまで飛んで行って、前に降り立つ。
「はい、とうちゃーく!」
少し飛び足りないとは感じていたが、この早さ。
得意げな顔して、こう言いたくもなる。
「わたしと一緒にやってよかったね。ゴルくん」
腕から解放して、言いつつ後ろから肩を叩いたら、反応がなく妙に思う。
そういえば、ずっと大人しかった。
あんな真似をすれば、ゴルはもっと暴れ回るように思っていたのだが。
そっと横から顔を覗き込んでみれば、突然、ドンと身を突き飛ばされた。
「僕に寄るな!」
転ぶには至らなかったが。
何かされるかもと身構えていたおかげか。
にしても、いったいどうしたと言うのか。
すぐ俯いて、心なしか顔も赤い。
「わ、わかったか。この、馬鹿女が……」
「もしかして、高いとこ、苦手だった?」
「ふ、不潔だ!」
あ、あー、とその言葉でレトリは察した。
「そういうこと、そういうことね。なんだゴルくん、可愛いとこあるんじゃーん。照れちゃって♪」
「妙な妄想すんな! お、お前なんかに、ぼ、ぼくがっ──」
「うん。ボクがどうした。言ってみ」
「そんなこと言うかぁ!」
直後にばっと横を向き、おかしい、おかしい、とゴルはぶつぶつと独り言を言い始めた。
かと思えば、ハっとするような顔を見せ、真面目な顔して頓珍漢なことを言ってくる。
「お前、噛みついたな?」
「そんなことしてないって。やったら普通気づくよね」
「だが似たような能力を使っただろ。でなければあり得ない」
「だからぁー、何もしてないのになんで。なんでそんなこと思ったのか謎というか」
「馬鹿を言うな! 当然の帰結だろうが! でなければ俺が、俺がお前なんぞにあんな……」
「わかってる。その顔可愛いよ?」
「早く死ねお前はっ!」
「はーい、そのうち死にまーす」
「こいつは……」
「そうそう。俺って言うより、僕って言う方が、似合ってるよ?」
からかい過ぎたか、わなわな震えるように口をパクつかせたあと怒声が響く。
レトリは耳を塞いでいた。
「黙れ! 黙れぇっ! はぁ、はぁ、あー、もうお前の相手などしていられないな。階段も見つかったことだ。もう用はない。早く俺の前から失せろ。絶対についてくるなよ。絶対にだ。わかったな」
指を差しつつ何度も釘を刺してきて、一人行こうとしていたが、構わずついていく。
今度は三階。そこではいったい何が待つ。
不安もあるが、期待もあり、しかも今は二人だ。足は軽い。
「おい、どこまでついてくる気だ。聞こえてなかったのか」
「いやだって、ボク一人だと心配に思って」
「お前なんでまだ生きてんだ。早く息止めて死ねよ」
「だから、人をいたぶる時に言い過ぎなんだって」
「いたぶってんのはお前の方だ。間違うな。罵るだとか、けなすっつーんだよ」
「世の中なんでこう難しい言葉が多いんだろうね? 操りづらいというか」
「扱い辛い、な!」
「こまか」
「お前が大雑把すぎんだよ!」
そんな余裕のある会話をしていられたのも、三階に着くまでの間だけだ。
階段を上がり切ると同時に足が止まり、身も引き締まる。
(今度は、お城──?)
そこで目にしたのは、やたらに広く、中に巨大な柱が何本も立つそんなものを思わせる立派な部屋で、今までとの雰囲気の違いをはっきりと感じとることができた。
「ねぇ、ゴルくん」
無視してゴルは行くので、仕方なく後ろにつき従う。
薄暗い場所ではあるが、足元が見えないほどではない。
褪せ色のカーペットの上に足を乗せ、そこを歩きつつ、辺りに目を凝らす。
趣向を凝らした壁には、数多くの名画のようなものが飾られ、他の調度品も多いが、そのどれもがくすんで埃を被り、見る影もない。
部屋が薄暗い理由もわかった。
上にステンドグラスのような窓は沢山あれど、全部真っ暗で、置かれた無数の燭台達もまた、火を灯さず呆けたように佇むのみだ。
吊られたシャンデリアも同様、それらを見ていると幽霊屋敷にでも迷い込んだような怖さも感じるが、同時に物悲しい印象も受ける。
(あれって──)
奥には大きな鉄扉が待ち構えてあって、その更に奥に潜むのは、途方もない存在である気がしてならない。
気付けばゴルが随分前におり、慌てて追った。
「もう、待ってって!」
横に付ける。
「置いていかなくてもいいじゃん。ここ怖いのに」
「怖いなら来るなよ。言っとくが、ここから先は命の保証はしかねるからな。また助けてもらえるとか思ってんなよ」
「お、おどかすように言わなくったって」
「即効で終わるかもしれないけどな。見ろ、ハズレだ」
ゴルの視線は正面の向きから変わっておらず、何を見てそう言っているのかがわからない。
今レトリの目に映っているものと言ったら先述のものばかりで、首をかしげていた。
「どこの話?」
「門番がいないだろうが。ああ、知らないのか」
「まあねー。教えて」
「誰がお前に教えるか。今帰るって言うなら別にいいぞ」
「へぇ、ふーん。そんなヒドイこと言うんだ」
前に回り込み、両手をわきわきさせつつこう言えば、話してくれるようになる。
「また抱きつかれたいのかなぁ?」
「うぐ。い、いいか。門番というのはだな」
普通のモンスターより強力なモンスターで、ボスの強さにも関係しているとのこと。
「強い方だといて、弱い方だといない。つまり今回はくたびれもうけってわけだ。お前はどうかは知らないが、雑魚ボス倒したところで俺には何のメリットもないしな」
「強敵に挑みたいとかいう男の子てき思想?」
「なんだその思想は。違う。レベルアップが起きないからだ。レベルアップというのは核に宿るモンスターから新たな力を授かることな。もうこれでいいか」
「うん。ばっちり。なんか話聞いてたら思い出してきたっていうか。そっかそっか、レベルアップ。でも、なーんかまだ忘れてるような……」
んん〜、と唸っていたら思い出して、レトリは声を上げる。肝心なことを忘れていた。
「ああ! ゴルくん、核! 核拾うの忘れてる!」
「全部拾ってきたはずだが……」
「全然拾ってないって! さっき、二階で、いっしょにあんなに倒したじゃん!」
「ああ、記憶の住人共のこと言ってんのか。あいつらはボスが生み出した存在で、モンスターじゃないから落とさないって言われてる。現に一つも落としてなかったろ」
「見てなかった……」
「だろうな。見てたらその場で言うだろうからな」
「でも確かに、全部消えてったような」
「モンスターなら核だけ残すんだよ」
「ふっしぎい!」
「何が不思議なもんか。持ってるもん残してるだけだろ」
その言葉の意味を理解すると同時、しみじみ思うような気持ちがレトリの胸には湧き、視線を落として、ペンダントの先に付くそれを服の上から掴む。
今まで深くは考えてこなかったが、思えば──、核とはこれに他ならない。
「……これ、言ったら人の魂なんだよね?」
「それが結晶化したものとは言われてるな」
「なんかいま、色々思ってるはずなんだけど、全部言葉にするのは難しくて。ゴルくん、教えて。賢いじゃん。こういう時なんて言ったらいい?」
「知るか。そろそろそのお喋りな口閉じて、腹も括っとけ。いよいよご対面だ」
気付けば鉄扉の前まで来ており、触れてもいないのにゴォーと大きな音を立て独りでに開き始める。
(うそ、もう!? 待ってよ! まだわたし、心の準備、できてないのに──)
中の様子が垣間見えてくると同時に二人して視線が持ち上がっていく。
ボスの足元しか見えていなかった為だ。
その場からは全体像が見えぬほどに巨大で、中に入ってようやくその全貌を視界に収めることができた。
(──きょ、巨人だ。巨人がいたっ!?)
「ほう。巨人とはな。空想の世界の住人とばかり思っていたが。いたんだな」
(なんでそんな冷静? もっと驚こうよ。巨人だよ!?)
その見た目は、二階に沢山いた人影達と酷似したものだったが、それらとは別格な存在であること、そしてここの支配者であることを、その尋常ならざる体躯と威風堂々たる立ち姿で示す。
二人を見るように首を動かすや、次の瞬間、雄たけび上がって、それは突風となって吹き荒れる。
──アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「ぶわっ!?」
「くっそ、なんて声だ────」
二人は必死に耐えてはいたが、耳を塞いでいても、頭の中に直接響いてくるような声だけは、堪え切ることができず、すぐにその場に膝を落とすことになる。
収まる頃には、首も垂れ、平服でもするかのような姿となっていた。
