天使か悪魔かそれとも魔女か☆墓標のラビリンス

仮にまだ建物内にいるとしても、不思議でならない。

(階段上がったらそこは荒野でしたって)

おかしな話だ。
深い砂塵が辺りを包む。

カンカン、キンキン、と剣戟を交えるような音が先から響いてきた。
雄たけびや怒号のような声まで飛んでくる。

(お祭り……? なわけない! これ多分……!)

戦争だ、とレトリは思いはしたが、知識としてあるだけで、実際に目にしたことのあるようなものでもない。

どんなものだと興味本位で眺めていたら、そのうち砂塵が晴れてきて、映る。
剣や槍を構え、ぶつかり合う彼らの姿が。

黒一色であり、目を見開く。

武器や防具だけがそうと言う訳ではない。

全身真っ黒な“影”のような見た目をしており、人の形こそしていたが、その無数の人影達が一つ所で戦い蠢く姿は、異様の一言に尽きる。

(こ、こんなの聞いてないよ、シスターっ!)

死後の地で亡者達が繰り広げる狂騒でも見ているかのようであり、そんな涙の訴えもしたくなる。

【ラビリンスのモンスターとは、負の魂の成れの果て】

どんな姿をしているかは、当然事前に聞き及んではいたが、その口ぶりの印象からして、角や牙を生やした想像に難くない姿を思い浮かべていた。

が、いま目の前にいる彼らは、それらとはまったくかけ離れた別物にしか映らない。

こうも原型を残しているとは思わず、またそのせいで人の魂から変わったことがより強調されており、おぞましくも感じてしまう。

声がしていたので、てっきり人間とばかり思い込んでいたが、あるはずがない。
いきなり場違いな場所に出て、そのことを失念してしまっていた。

えぇ、えぇ、とレトリはわたふたしており、頭はパニック状態だ。

その夥しいほどの数にも圧倒されっぱなしで、何から手をつけたらよいのやら。
一向に頭に浮いてこないが、幸いにも時間はある。

おかげで多少は落ち着きも取り戻せ、すると先に入ったあの男の子のことが、ふと気になった。

この広さだ。多分まだいる。

どこだ、と視線を巡らせようとしたその時、アァ、と傍で薄気味悪い声がして、そちらをばっと向いた。

一体そこにおり、突然のことに身が竦む。

「アァアア、アァアアアアアア!!」

上げる絶叫も恐ろしく、からだは凍りついてしまったかのように動かない。

(うそ、死んだ。わたしここで死ぬんだ。こんなところで一人──)

レトリは死を覚悟する。

恐怖で見開かれ、閉じることも敵わない目に映るのは、武器を手に襲い掛かってくる姿であり、目の前でそれを振り上げられて、振り下ろされようとしたまさにその一瞬、すべての動きが、信じられないほど緩慢なものへと変わった。

刃が落ちてくるのが、遅い。
一向に頭上へと振り下ろされては、こず。

まるで死の間際になって、いままでの人生を振り返る時間を神様が与えてくれたかのようで、不思議な青い光のようなものまで目にする。

一瞬で前を通過していって、避けられないと思っていた死も、同時に横へ通り過ぎていった。

剣は最後まで振り切られることなく、頭の上から大きく逸れていき、人影の兵士もまたそちらへ倒れ込んでいく。

いったい何が起きた……?
そんな思考が働くようになったのも胸の奥から強く、痛みを感じるほどに心臓に脈打たれた瞬間。
まだ生きている、という実感湧いてからだ。

「かはっ──、ハァ、ハァ、ハ……」

むせ返るように息をした。
今の今まで止まっていたようにも思い、もう少しで危うく根からそうなるところだった。

冷や汗もいまになって体中から吹いてきており、顔のは拭う。
肝も今更ながらに冷え冷えで、当分は平静を取り戻せそうもない。

倒れた相手に目を向ければ、身を溶かすようにして消えていっていた。

直後に覚えのある音を耳にする。
シュィーンと響いてきており、その方角に目を凝らせば、あの男の子が映る。
向かってきている。

ただ傍まで来るや、凄い剣幕で怒鳴りつけられた。
レトリはビクっと震える。

「お前何ぼけっとしてんだ! 死にたいのか!」

命が助かった理由がわかった。彼をおいてそれができた人間もいない。
シュンとしながら言った。

「ごめんなさい。その、ありがとう」
「お前何しに来たんだよ。ここへは遊びに来てたのか? それともまさか、俺の邪魔だけしに来てたのか?」

しかしその言葉でムっともしてしまう。
救ってもらったからと言って、そこまで言われる筋合いはない、とは感じていた。

「あ? なんだよその顔は。なんか文句でもあんのか」
「あるには、あるけど。ないってことにしとく」
「ハッ、随分舐めた言いぐさだな」

配慮に欠けた言葉ばかりだ。死にかけていた身だというのに。
小さく愚痴った。

「どっちがだよ……」
「なんか言ったか?」

「す、い、ま、せ、ん、で、し、た! わたしがわるうございました!」
「当たり前だろ。わかったら今すぐ引き返して外出て座って待ってろ」

だから言い方と、苛立ちも募ってきており、顔を背けてまた小さく愚痴る。

「そんなのわたしの勝手じゃん」
「あぁ? もう少し大きな声で言ったらどうだ」
「別に」
「助けられた分際でごちゃごちゃ言ってんなよ」

今ので完全にカチンときてしまっており、ガッと言い返そうとしたのだが──、

「〜〜〜〜〜〜」

頭に血が昇るあまり声が出てこず。
レトリは唸り出すように歯を噛む。

「キレてる暇あんならさっさと行けよ。邪魔だ」

あ、こいつもう絶対に許さん。泣かす。いいやコ〇ス。
くらいのことは考えてしまったが、何か振り切って、急に冷静にもなってくる。

どれだけ口が悪かろうと、命の恩人相手にそれはない。
最大限の譲歩は必要だ。できるどうかは別として。一度深く息を吸って、吐く。

(……いったん落ち着け、わたし!)

どうすればこれ以上揉めないようにできる。その間、考えていた。
やりたくてしているわけではない。わけではないのだが、気持ちに嘘をつくのも今は難しい。

「そっちが行って。わたしはもう少し考えるから」

ぷい、と横を向いて言った。
それが今できる精一杯のことだ。反応や如何にと待つ。

「話聞いてたのかよ、お前。まだうろちょろする気か」
「したらだめなのかな」
「駄目に決まってんだろ」
「なんで? なんでそこまであなたに決められないとならないの?」

「ヘボだからだろ」

「う、うるさいな! ヘボとかお前とか! 人のことはちゃんと名前で呼んだら。わたし入り口のとこで言ったよね?」

「知るか。興味がない」
「ふーん、そういうこと言う。忘れん坊なんだね」
「興味がないって聞こえてなかったのか。耳が遠いんだな」

「はぁん、わかった。喧嘩したいんだろ。どうしてもって言うなら、買うけど」

「一人でやってろよ。これ以上俺に面倒かけさせんなってずっと言ってんだろうが」
「そっちがいちいち突っかかってくるからだろ」

「わかったからもうさっさと行け。これ以上俺に無駄なやり取りさせんな」

「いいよね。慣れてそうで」

「だから、マジだりいな」

「わたしはこれが初めてだから……、ねぇ、ついてっていい?」
「──はあっ!?」

「だから、ついてってもいいかって」
「待て! 喋んな! なんでこの流れで、クソ、思考がまったく追いつかねぇ……」

「別に悪い話でもないじゃん。戦力は多い方がいいんだし」
「やめろ! いまたたみかけんな」

レトリとしては、シンプルにものを考え、言ったつもりであり、男の子が何をそう頭を抱え込んでいるのか理解にも苦しむ。

「普通なこと言ったつもりなんだけど」
「どこがだよ! お前バケモンかっ!?」
「バケモンてなんだよ……」

「どういう思考回路して、だめだ、俺の理解の範疇を、超え過ぎてる……」
「しこうかいろ? ここで喧嘩してるよりそっちの方がいいかなって。普通に考えることじゃんか」

「普通はそうはならねぇんだよ! だめだ、こいつと話してると頭がおかしくなる……、もういい。勝手にしろ。ただ死んだって俺のせいにすんな。化けても出るなよ。じゃあな」

捲し立てるようにぱっぱと言うや、傍でシュィーンと鳴る。
どうやら男の子の脚の機械からしているようで、凄い速さで行ってしまったが、追いつけないほどではない。
即効追いかけ、レトリは並走する。

「もう、おいてかないでよ」
「は──はああっ!?」

見開いた目で、それも見事なまでの二度見をされては可笑しくもなる。

少し笑っていたら、悪夢にでもうなされるような感じで、男の子は顔を覆ってこう言っていた。

「冗談はよしてくれ……」
「なにがー?」

「お前おかしいだろ! なんで魔導兵士の足に平然と追いついてんだよ! どんな変態だ、言ってみろ」

「変態とか言うな。でも聞いて。わたし世界で一番って思われてるくらい足が速いんだ。凄いでしょ」

「そんな次元で済むわけないだろ。お前アホなのか? アホなんだな?」
「それは認めるしかないんだけど。犬より速いってだけじゃん。アホなこととは関係ないじゃん」

「それはお前、十分人間やめてんだよ。待てよ、いやない。発言から考えても、見た目もそうだしな。お前のその異常な脚力、核に宿るモンスターの力か?」

「ヴァンパイアの? ううん」
「ヴァンパイア?」

「うん。凄い衣装は着させて貰ってるけど、足の速さはなんにも変わってないかな。あ、これも聞いて。レトリってわたしの名前は、犬のレトリーバーからきてて、知ってる? 見たことある? 人懐こくて賢い大きな犬なんだよ。足が速いからってつけられたわけでもないみたいだけど、顔が似てるとは言われてて。どう、似てる?」

「……、クソ、頭にあったことが全部ぶっとんだぞ。こいつがマジわかんねぇ」

「丸くて大きなたれ目とか、特にって言われるんだけど。自分じゃそんなにかなみたいな。君とは初対面だし、どうなのかなって」

「ナチュラルに話を続けてんな。知らねぇよ」
「もう、知っといてよ」

「黙れ! 知りたくもないんだよ! もう話しかけてくんな! きもいのがうつる!」
「う、うつるか! きもいがうつるってなんだ! そんなもんうつってたまるか!」

「いいからもう帰れよ……。ついてくんなって……」
「ガチなトーンやめよ。どんな言葉よりも効くから。わたしも傷つくから」

その時は男の子を追うのに必死であり、会話にも気を取られて気付いてもいなかったが、進行方向に待っていたのは、戦場においてもっとも危険な場だ。

気付けば、両軍入り乱れての戦闘が起きる乱戦地が目の前に迫っており、男の子が足を止めなかったので、そのまま足を踏み入れる。

「うわっ! わひっ!?」 

傍で無数の刃が飛び交うようになる。大きな体もぶつかってくる。
しかし持ち前の身体能力で、躱す。躱す。追う手も休めたりはしない。

頭を抱えることになったのは、その追っ手を引き剥がすために苦肉の策としてこの場を利用した男の子だ。

(マジか、まだ追ってくるか──しかし落ち着け。今は目の前のことに集中しろ。どうせすぐどうにもならなくなって、引き返す──)

ただしばらく経ってもそうはならず、おかしい、とは思い始めてくる。
向けた目に、軽く笑いかけてくる姿まで映り、頭を掻きむしりたくもなった。

(悪夢かよ……、何が起きてる……、頭おかしいだろ! 落ち着け、落ち着くんだ! 俺!)

いつになったら目が覚めるのか。
そんな恐怖に苛まれていたその時、状況に変化が起きる。

ゴガァン、と傍で壁でもぶち破ったような大音響いて、黒い塊が上にぶっ飛んでいた。
それをやった相手もすぐわかる。バケモンか。改めてそう思う。

「あれ、けっこうよわい……。よし、このまま!」

人間大のものが纏めて紙切れのように吹き飛んでいく不思議現象は、その後も続く。
これでは障害物が、障害物として機能していない。

もうよしてくれ。やめろ。助けてくれ。色々思うが、どれも救いを求めるものばかりだ。

易々と追い付かれたくらいであり、足の速さでも劣っている今、逃げおおすことなど現状敵わない。
男の子も腹を括る。道は一つしかないと悟った。

(わかった。わかったよ。もう好きにしやがれ──)

と、直後に右腕の機械から剣の形に光を伸ばして、参戦した。
鬱憤晴らすかのように目につく先から斬って斬って斬りまくりもする。

「おら! 死ね! ザコが前塞いでんじゃねぇ! 邪魔なんだよ!」
「おぉ、光の剣だ。それカッコイイね?」
「いまそんなことどうだっていいだろ! 周りを見ろ!」
「あ、ごめん。剣捌きもすごかったから」

一人では大変なことも二人でやったら作業量も半分だ。すぐに終わりが見えてきた。

「このまま一気に抜けるぞ! 足も手も止めんなよ!」

二人で協力して乱戦の囲いをこじ開け、抜ける。
そのまま距離を空け、完全に離脱ができたら揃って足を止めた。

「はぁ、はぁ……。思ったよりやるな。まさかここまで追ってくるとはな」
「勢いだけでは、あったんだけど……。なんとかなったというか」

「それはまあよかったな。階段を探しててな。勿論下りのことじゃないぞ。お前も探せ」
「上へ行く階段ってこと? あ、オッケイ! よろしくね!」

「今回限りだ。仕方なくだぞ、仕方なく。そういえばあの人間離れしたパワー。あれも自前のものだったりしたりすんのか?」
「うん」
「うんてお前、素で答えやがって。マジ姉さん思い出すな」

「魂の解放者なの、お姉さんも?」 

「お前には関係ない」
「言うと思った。もうその言い方にも慣れたけど」
「いいか。お前は左、俺は右だ。少し休んだらいくぞ」
「なんで? せっかく二人になったんだし、一緒に探そうよ。ここ広いし」

「はあ? 広いから二手に分かれるんだろうが」
「一人は流石に寂しいって」
「感情で物言い過ぎだろ……、やべぇ、思考がまた追いつかなくなってきた」

「あ、そうだ! 名前!」