【番外編集】鷹宮先輩、ズルいです 〜泣き顔を拾われたら、極甘上司に溺愛されました〜

璋の家を後にして、カフェに立ち寄った。
嘘みたいな完成度に、スマホに残してある写真と何度も見比べる。

「こんなに張り切ったの……わかってんのかしら」
 
自分の人生において、一番気合を入れたといっても大げさじゃない。
それくらい、あたしにとって和巳は――。

ブレンドコーヒーを飲み干すころ、和巳からメッセージが届く。
どうやら買い物ついでに、外にいるらしい。

(……言うって決めたんだから)
     
ガトーショコラの入った紙袋を、ぎゅっと握りしめ、店を出た。
 
***

待ち合わせのビルの前に着くと、見慣れた背中がそこにあった。
スマホを見ながら、壁にもたれている。

(ほんとに来てるし……)
 
あたしに気づいた瞬間、和巳が顔を上げた。

「……遅え」
 
「約束の時間早めたくせに、その言い方」
 
「別に。来ないかなと思っただけだ」

(そういうとこなのよ)

文句は飲み込んで、和巳と並んで歩く。
 
「……イベントは?」

「終わった」

「ふーん……」
 
あの日以来、職場でも、どう接していいか、逆に戸惑っている。

手、繋いでいい?
腕、組んでいい?

とか、したいことあるのに、はっきりさせない弊害が出ている。

(拗らせすぎて、普通がわかんないのよっ)

「また、面倒くさいこと考えてるだろ」

「は?」
 
「家、着いたけど?」          
 
いつの間にか、和巳の玄関に立っていた。

「話しかけても上の空だったぞ」

手、繋ぎたくて悶々としてました!なんて口が裂けても言えない。

「……ごめん」   

「飯、食うだろ。待ってろ」
   
和巳は買い物の袋を置いて、キッチンへ向かう。
あたしもいい匂いにつられて、ついていく。

「これ、和巳が作ったの?」

お鍋の中の匂いの正体は、――カレー。

「それ以外、誰がここで作るんだよ」     

「料理できたの?」

「一人暮らしだから、ある程度はな」

知らなかった。
長く一緒にいたのに、知ってるようで知らない。
同僚だった時には、見せなかった和巳の顔。

(今までの彼女だったら……知ってたんだろうな)

黒く歪んだ嫉妬が、ちりっと胸の奥に燻る。   
 
「……元カノも食べたことあるんだ」
 
ぽつりと落ちた言葉に、自分でも驚く。
和巳が、わずかに眉を寄せた。

「何が言いたい」
 
「別に」
 
目を逸らして、紙袋を押し付ける。
 
「……これ」
 
「チョコ?」
 
受け取った和巳が、中を覗く。
 
「手作りか」

「……二回失敗した」

「は?」
 
「……あんたのためじゃないし」

「……ギャルゲー優先するし」
 
(違う。違うのに)
 
言いたいことは、こんなんじゃない。
面倒くさい女になってるのも、わかってる。 

「なあ、雪乃」
 
「……なによ」
 
「なに怒ってるんだ」

棚から取り出した皿を置いて、こっちを覗き込んでくる。
   
(ほんとに、わかってない)
 
その一言で、何かが切れた。
いつもなら外してしまう視線は、しっかり和巳を捕らえている。
  
「怒ってないわよ」
 
「怒ってるだろ」
 
「怒ってないって言ってるでしょ!」
 
思ったより大きな声が出て、はっとする。
それに耐えきれなくなり、目を逸らして言った。
 
「……あたしって、なに?」
 
「は?」
 
「だから」
 
ぎゅっと拳に余計な力が入る。
食い込んだ爪より、黙られたままのほうが痛い。 
 
「選んでる、とか、お前だけ、とか」
 
「……そういうの、言うくせに」
 
喉が、少しだけ震えた。
  
「“好き”とか、“付き合ってる”とか……ちゃんとしたこと、何も言わないじゃない」

「……あたし、都合いいだけ?」

――怖くて聞けなかった本音。
  
瞳が揺れたその瞬間、腕を引かれた。
 
「は?」
 
隙間すらないほどに、きつく抱きしめられる。
 
「都合いいだけに、こんなんするかよ」
 
掠れた声に、心臓が跳ねた。
でも、欲しいのは、

――もっと違う言葉。
  
「じゃあ……何なのよ」
 
絞り出すみたいに、問いかける。
和巳が、小さく息を吐いた。

「……時間かかるっていっただろ」

少しだけ、言葉を探すように間が空く。 
 
「……付き合うとか」 
 
「今さら言う必要ねえと思ってた」
 
「は?」
 
「最初から、お前しか見てねえし」
 
(……え)
 
一瞬、思考が止まる。
 
「だから、“選んでる”って言った」
 
「……それじゃ、わかんない」
 
和巳を押し出して、一度、腕の中から抜け出した。
 
(……まだ、泣くな、あたし)  
 
「わかれよ」
 
「わかんないから言ってんのよ!」

「……ちゃんと、するんでしょ」 
 
すると、少しだけ苛立ったように、和巳が眉を寄せた。
でも次の瞬間、観念したみたいに目を細める。